ケンカップルとサンドウィッチ! ~後日談~
頭上からブワッとすごい風圧を感じた。少し遅れてからガッシャァァァンッ!! と物が壊れる派手な音、人のどよめきが聞こえる。
そろりそろりと音の方へ視線をやれば、最前までは道端で店の存在をアピールしていただろう立て看板(だったもの)が。
「いぃざぁやぁぁあ!!」
再び正臣が、何か前にも(以下略)を感じているところへ、案の定、立て看板をブン投げたであろう男が現れる。
臨也は男の怒気など気にする様子もなく屈めていた体をひょいっと元に戻すと、未だに手首を掴みっぱなしの帝人へ「大丈夫?」と声をかけた。帝人が頷くのを見て「そ、良かったね」と言うと、殺気渦巻く方向を舌打ちしながら睨みつける。
「タイミング悪いよ、シズちゃーん。少しは空気読めよ、もしくは読まなくてもいいから、今すぐ死ね」
「テメエが死ね!!」
「いや、シズちゃんが死ぬべき。・・・・・・でも、今日は相手してらんないんだよね」
そう言うと、臨也は掴んでいた帝人の手首をグイッと引っ張り上げて、それを静雄に見せびらかすように振ってみせた。
「俺、これから帝人君に「あーん」とかその他諸々しなきゃならないから」
「あぁ? なにほざいてやがんだ、このノミ蟲!」
「だって、紀田君だけズルいでしょう?」
そう言って、臨也は静雄に先程の帝人と正臣のやりとりを、臨也にしては率直かつ簡単に話して聞かせた。
静雄はイライラしながら、それでもいつもよりグネグネ回り道ばかりするようなまどろっこしい話振りでなかったせいか、臨也の話を何とか聞く。一通り話が終わった頃には、眉間のシワが益々増えていた。臨也の話を聞くという多大なストレスはもちろんであるが、シワの理由はどうやらそれだけではないらしい。
「――おい、今の話は本当か?」
「俺は嘘つかないよ」
「すでにそれが嘘だろうが。ノミ蟲には聞いてねぇんだよ! おい、竜ヶ峰、どうなんだ?」
静雄から指名を受けた帝人は、目をパチパチさせた後、「えっと・・・・・・」と正臣の方を見た。臨也が言った内容(「あーん」だの間接キスだの)は認めることができないが、少なくともそれに類似するような行為をしたかしていないかでいえば、おそらく前者だ。
正臣は、帝人の視線を受けて、認めるな、と首を振ろうとしたが、その前に臨也が声をあげた。
「あー、ほら、また目と目で会話してる。前々から思ってたんだけど、君たちはツーカーな熟年夫婦か何かなわけ?」
「なに、アホなこと言ってるんですか・・・・・・」
帝人が呆れた声音で臨也を見上げるが、その視線が帝人と交ることはなかった。
「ほーんと、面白くないなぁ」
臨也の底の知れない不穏さを感じさせる声と鋭い視線が正臣に向けられた。
「あー、よくは分かんねぇし、ノミ蟲に同意するのもシャクだが、――確かにな」
静雄の凶悪な眼光も、正臣に向けられる。
「え? ちょっ・・・・・・」
正臣は、思わず戸惑いの声をあげた。あれ、何か俺、すごくヤバくないか? と思いながら、額や背中、手の平に嫌な汗がジンワリ滲むのを感じる。
別に何をしたわけでもない(臨也と静雄に言わせれば十分しているのかもしれないが)のに、勝手に仮想敵扱いされて、恋路を邪魔する間男的な立場になっている。
蹴られる理由もないのに、馬に蹴られそうになっている現状。理不尽だ。ビリビリ感じる嫉妬まみれの殺気に正臣は目眩を覚えた。走馬燈がよぎり、なぜか別れたはずの元カノの顔がふっと浮かぶ。少なくとも、臨也は正臣がノーマルであることを知っているだろうに、なぜ目の敵にされているのか。恋は人をバカにするというが、本当に記憶までおかしくさせるのか。
正臣が、蛇に睨まれた蛙の如く生命の危機を感じ、周囲も何となくきな臭い雰囲気に息を飲んでいるところへ、不意に「あ、あの!」と声があがった。声の主は、親友の命が風前の灯火とまでは行かないが、とても危ないことになっていると察した帝人だ。
「えっと、ですね、僕に提案があるんですけど・・・・・・!」
臨也に捕まれた手首を「すみません、ちょっと放してください」と言って解放させると、帝人は自分のカバンをゴソゴソと探り始めた。
「竜ヶ峰?」
「帝人君、何してるの?」
静雄と臨也、そして声にこそ出していないが正臣の3人は、帝人が何をしようとしているのか理解できず、頭に疑問符を浮かべた。
帝人は、3人の疑問に答えることはせず、代わりに捜し物が見つかったのか明るい表情で顔をあげた。
「・・・・・・あ、あった! えっとですね、こうしませんか?」
そういって帝人は、自分の鞄の中から出したあるものを臨也と静雄に突き出した。
作品名:ケンカップルとサンドウィッチ! ~後日談~ 作家名:梅子