こらぼでほすと 再会3
ダコスタの手からファイルを奪って、バンとロックオンの胸に叩きつけるようにして、バルトフェルトが渡してくれる。絶妙のフォローだ。
「あははは・・・そうみたいです。」
誤魔化して受け取ったものの、刹那の視線が痛い。
「ダコスタ、ちょっと、ちび猫の相手をしてやれ。俺は、あのバカコンビのフォローをしてくる。」
「了解です。」
・・・・・バレたな・・・・・
じっと睨んでいる刹那の様子からして、右目が見えていないのは気付かれたらしい。
「まだ、完全には回復してないんだ。・・・刹那、ダコスタに練習相手になってもらえよ。俺は寝る。」
ぺちぺちと無言猫の頭を軽く叩いて、疲れたフリで、ソファに寝転んだ。一応、しばらく睨んでいたが、刹那のほうも、ゲームに戻った。何も言わないなら、このまま、押し通す方向でいいだろう、とか、ロックオンは考えている。
健康な子猫いや、健康な少年の刹那は、就寝時間が、夜十時なんてことを決められたって寝られるものではない。療養中の人は、十時を待たずに沈没している日もある。本日は、刹那が風呂から上がったら、ロックオンは沈没していた。
昼寝の途中で邪魔されたから、と、刹那は推測する。で、この療養中の人は、自分の保護者みたいなものなので、いろいろと世話を焼いてくれる。風呂から出れば着替えの用意が、ちゃんと脱衣所に置いてあるし、髪の毛を乾かすためのドライヤーだって、わかるように置いてある。刹那にとっては、これが当たり前。ミッションの都合で離れている時は、自力でどうにかしていたものの、それ以外は、ほとんど、ロックオンがやっていたわけで、突如、その世話焼きのおかんがいなくなって刹那はパニックに陥った。役立たず、と、スメラギが言うのは、その状態だったからだ。
ぐーすか寝ているロックオンは、ちゃんと呼吸をしていている。身体が弱ってて、右目が見えていないが、とにかく生きている。実は、最初から、刹那は、右目のことは気付いていた。だが、ロックオンが誤魔化しているから、気付かないフリだ。誤魔化した段階で、いろいろとわかることがある。でも、それも、刹那は胸に沈めておいた。そのうち、その事実と対面するのは確実だからだ。
ずっと、上下する胸と、半開きの口元を眺めている。ぽたぽたと滴が零れている髪の毛を、おざなりにバスタオルで拭いて、動きが止まらないか、つい確認してしまう。だから、刹那は寝坊ばかりしている。
『吉祥富貴』の事務室で、八戒は、帳簿と格闘していた。赤字にしてくれ、と、オーナーから厳命されているものの、余計な経費は使いたくない。使途不明金なんて、もってのほかだ。そろそろ、悟空とキラが来る時間だから、おやつの準備もしなければならないが、どうも金額が合わない。どっかで、何かが抜けているのは、わかるのだが、数字ばかり見ていると、それが、ピンとこない。
「俺、見ようか? 」
となりには、その帳簿整理を付き合わされている悟浄がいて、ヒートアップしている自分の女房様の機嫌が下降してきたのを察知して申し出た。
「すいません。お願いします。」
ノートパソコン前の席から、八戒が立ち上がり、厨房へと向かおうとして、電話が鳴った。
「はい、吉祥富貴でございます。・・・・はい・・・ええ、それは、僕ですが・・・・はい・・・・ええっっ、刹那君が風邪ぇ?・・・・はい・・・はい・・・・わかりました。」
ガチャンと受話器を置いたら、自分の亭主が、「みなまで言うな。」 と、手で止めた。
「えーっとですね。」
「オーナーんとこからなら、ヘリ飛ばせるよな? 医者は? 」
「診てもらった結果が、風邪だそうです。」
「おまえの予約は? 」
「本日はありません。」
いつのまにか、自分の女房は、療養している人の管理責任者になっていたらしい。屋敷のほうから苦情というか、なんていうかな報告がもたらされてしまうと、動かないわけにもいかない。
「虎さんは? 」
「いらっしゃるかもしれませんが、あの人では看病なんて無理でしょう。それに、ロックオンさんが、自分でやるって断ったみたいですから。」
「あーもー、自分が療養中だって自覚しろよ、あのトーヘンボクっっ。」
すちゃと、悟浄は携帯を取り出して、とりあえず、ヘリの手配をして、それから、バルトフェルトに連絡を入れた。生憎、今日は出向いてなかったらしい。すでに、店に向けて移動しているということだ。最後に、アスランに連絡したら、五分以内に到着するという。
「アスランが、すぐに来る。ヘリはスタンバイした。あと、なんだ? あー、俺のご指名か? ・・・・・・ないな。悲しいけど。」
悟浄にも、本日の予約はない。三蔵に連絡して、早めに出勤してくれ、と、頼んだところで、アスランとキラがセットで飛び込んできた。
「事情はわかりました。こっちのことは、俺とキラで、どうにかしておきますから、あっちのヘルプをお願いします。」
「刹那、ひどいの? 後で、僕も行きたい。」
事情を説明したら、アスランが、仕事のほうは引き受けてくれた。金銭的なことは、さすがに、ちゃらんぽらんなのには頼めない。売り上げを夜間金庫に収めたり、仕入の支払をしたりという仕事は、真面目なアスランあたりしか頼めないのだ。
「キラは、明日、俺らと交代に来てくれ。」
「うん、そうだね。でも、人手がいるなら連絡してよ? 悟浄さん。」
いや、人手がいるとしても、おまえは問題外だ、と、内心で悟浄はツッコミを入れている。それから、カウンターで準備しているトダカにも事情を説明して、八戒と悟浄は店を後にした。歌姫の本宅には、ヘリポートがあって個人所有のヘリもある。いつもは、近くの空港から、その自家用ヘリで別荘へ向かっていたのだが、夜間となると、空港の手配とかややこしくなるから、本宅からの手配をした。
助手席に座った八戒は、やれやれと肩を竦めた。昨日、自分が様子を見に行くつもりだったのが、急な予約でスルーしたからだ。
「いや、あんたのミスじゃないと思うぜ。」
「そりゃそうですけどね。・・・・・・というか、怪我人が病人の看護しているというのがね。もう、なんていうか、なんですよ。」
「しょうがないんじゃないの? ロックオンは、子猫のママなんだからさ。・・・・なあ、賭けようか? 八戒。俺らが到着した時に、ロックオンに移ってるかどうか? 」
そんなものは賭けにならない。免疫力ガタ落ちのロックオンでは、確実に感染するはずだ。けけけけ・・・・と、悟浄は笑いつつ、タバコに火をつけている。別荘では禁煙だと、八戒が決めたから、今のうちに吸っておこうというところだろう。
「しばらく、店を休まないといけませんかね? 」
「そうだなあ。」
別に、自宅に帰れなくても、観葉植物もペットもいないから問題はない。ただの風邪なら大したことはないのだろうが、問題点は、怪我人のほうだ。
「金曜の夜から、悟空が行くつもりをしてましたけど、どうしましょう? 」
「とりあえず、現状確認してからだな。あんた、見もしないで心配しても仕方ないだろ? 気楽な休暇になる可能性もあるんだし? 」
作品名:こらぼでほすと 再会3 作家名:篠義