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コタツとみかん

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「日本ではオオミソカに蕎麦を食べて年越しを迎えるのだそうだ。そう、カタギリ司令が教えて……、教えてくださったんだ……」
 しょんぼりと俯くグラハムに、その知識を与えた人物はすでに故人となっていることを刹那も知っている。
「……しんみりするな」
 刹那にはどうすることもできない。慰めることも励ますことも、刹那の立場からはしてやれないのだ。グラハムは顔をあげた。
「すまない。いや、大丈夫だ。この頃、ふとしたときに昔を思い出すことがあってな。……何故だろうな?」
 ポツリとこぼされた言葉に、刹那は視線を向けた。本人が言うように、グラハムの様子はいつもどおりであるが、実は目に見えない何かが心の奥に潜んでいるのかもしれない。そういえば、散々不満に思っていたけれど、久しぶりなのはグラハムにも言えることだった。
 むしろ、彼のほうが独りきりで過ごす時間は長いのだ。刹那にはここを離れても、任務や仕事で志を同じにする仲間がいる。完全な独りきりの状態は一度もなかった。
 家という広い空間に一人でいることは、刹那が想像するよりも遥かに、心の中に隙を作ってしまうのだろうか。
 昔を思い出すのは、懐かしいからだろう。過去が恋しいのは、きっと、柔らかいからだ。
 グラハムは立ち上がり、キッチンへと移動していた。刹那は腕を伸ばして、歩いていく彼を軽く引き止めた。
「すまなかった。しばらくはここにいるから」
 引き止められたグラハムの表情が、何を、から納得に変わる。軽く見詰め合ったあとで互いの顔が近付いていく。唇がふれあい、両腕を交差させて抱きしめて、そこでようやくグラハムの表情と雰囲気が柔らかくなった。
「ただいま、グラハム」
「ああ。お帰り、刹那」
 足りなかった気遣いと配慮が、彼の胸に空いた穴に吹く隙間風を塞いだ。


「なるほど。ではソレスタルビーイングも正月休みなのか」
「戦術予報士の判断だ。……実際、大きな紛争もなく過ごせているから、妥当だと思う」
 グラハムが作ってくれた白身魚のムニエルを食べながら、刹那は答えた。控えめと言ったように、おかずが一品のみのささやかな食卓だ。今日のメインは真夜中の蕎麦だそうだから、刹那に文句はない。
「君たちにもそういう人間くさい部分があって安心したよ」
「……どういう意味だ?」
 誕生日だと知れば祝うし、めでたいことがあれば喜ぶし、新年くらいは過ごしたいように過ごせるよう休暇だって与える。人間くさいなどと仄めかされる筋合いはないはずだ。
「かつての君たちの行動は、プログラミングされたコンピュータのようだったからなぁ。データが正確で、退却まで計算つくされていた」
「……武力介入を始めたばかりの頃はそうだったかもしれない」
 刹那は少し俯いた。
 それが、世界から争いを無くすために必要な、最善の手だと信じていたからだ。そのあまりにも危険な思い込みの果てに、刹那は多くの人を傷つけ、彼らの人生を歪めさせてしまった。
 ガンダムで戦い続ける方法は変えられないけれど、あの頃と今とでは刹那の考えや心構えも違っている。それが償いとなれるかどうかはまだ分からないが、途中で投げ出すことだけは絶対にしてはいけないと、思っている。
「ふむ。正月休みを得られるくらいには、君たちの内情も様変わりしたわけか」
「生きていればいずれ変わっていくさ。アンタが今、俺と暮らしているように」
 刹那の切り返しに、グラハムは軽く目を瞠っていた。フフ、と苦笑する感じに笑い、瞳を伏せている。
「そうだな。……うん、そうだ」
 解脱の表情で頷くグラハムにホッとしながらも、刹那には彼に否定してほしいと思う心があった。
 地球は連邦政府の下にまとまり始め、争い続けていた国々と民族の間にも停戦調停が結ばれだしている。刹那の望んでいた世界に成りつつあるのに、心のどこかでは「違う、そうじゃない」と思う自分がいるのだ。
 何が違っていて、何がそうじゃないのか。それを説明できる言葉がでてこない。漠然とした
不安はつきまとい、グラハムの声すらも遠くに聞こえるようだった。


 コタツに入り、日本のテレビ番組を見たり、BGMにしたりして時間は過ぎていく。
 台の上には蜜柑が山盛りで盛られている。グラハムは調和という塩梅を知らないらしく、なんでもあればあるだけ積み上げるような男だった。オレンジ色の山は、エジプトのピラミッドみたいになっている。
 刹那はてっぺんの蜜柑を手に取った。少し腹が減ったのだ。日付が変わるまであと二時間ほど。蕎麦を作るにはまだ早かった。
「刹那は蕎麦を食べたことがあるか?」
 考えていたことは同じだったのか、グラハムがそんなことを聞いてきた。
「いや、ない。アンタは?」
「私は二回ほどあるかな。以前司令の家で過ごしたことがあってな。そのときに、そういう風に年を越すのだと教わったのだよ」
「ふぅん……」
「知っているか、刹那。正月は餅を焼いて食べるんだぞ?」
 ニコニコと機嫌よく、グラハムは自分の知っていることを刹那に話してくる。十歳以上も歳が離れているせいか、彼はときたま保護者のような世話を焼くことがあった。少々イラつくこともあるけれど、我慢できる範囲内ではある。
 問題は、グラハムの知識が恐ろしく歪んでいたり偏っていたりすることで、彼から聞いたことをそのまま鵜呑みにするのは怖くてできなかった。特に日本に関する知識はどれも眉唾だったから、刹那はいつも沙慈の世話になっているのだ。
「餅も買ってあるからな。明日はそれを食べよう」
「分かった」
 逆らわずに頷けば、グラハムはまた一段とご機嫌な笑顔になった。
 何も日本にいるからといって、日本の慣わしに従う必要はないのだけれど、グラハムは日本そのものが気に入っているようで、「郷に入っては郷に従う」の精神に則っていた。刹那が留守から戻るたびに、家の中も少しずつ様変わりしているのだ。
 たまについていけないときもあるが、グラハムが楽しそうだからいいかと、思ってしまう自分がいる。そこもよく分からない部分であった。とてもチグハグで落ち着かない。どうすれば歯車がキッチリと噛み合うようになるのか、刹那はずっと模索しているのだった。
「腹が減ったな、刹那」
「……ああ」
 時計を見ているグラハムを見てから、刹那は蜜柑をもう一つ手に取った。
「もう食べてしまおうか。それとも蜜柑で空腹を埋めようか」
「そもそも、どうして年越しに食べるんだ?」
 別にいつ食べたっていいんじゃないかと問えば、グラハムも瞳を瞬いていた。まるで、初めてそこに気づいたとでも言わんばかりに。
「……そう、だなぁ。そういえば理由は聞かなかったな。何故だろう?」
「俺が知るわけないだろう」
 あるいは沙慈に聞けば分かるかもしれないが。
「ふむ。君の言うことはもっともだ。空腹のときに食べるのが一番だな」
 そう言うとグラハムは立ち上がり、再びキッチンへと歩き出していた。冷蔵庫を開け、中から材料を取り出し、作り方の確認をしている。この頃はすっかりグラハムがキッチンの主になっていた。
作品名:コタツとみかん 作家名:ハルコ