西浦和の西の西
栄口が水谷からここを教えてもらったのはゴールデンウィークの合宿が終わったあたりだった。
石で作った古い階段が徐々に狭まると頂上が近い。そこには古い墓石が並ぶ墓地に隣接し、ブランコと砂場だけの公園があった。ブランコの塗装は剥げて錆び付き、砂場はぼうぼうと草が生い茂り、雨に晒された墓石は角が取れている、まるでここだけ十年位前から時が止まっているかのような場所だった。
水谷がさかんに「いーでしょ?」と言っていた理由は、墓地とは反対側の大きな石碑が建っている方の景色だった。金網の向こうには西浦の景色がパノラマで広がっていた。バチ当たりに石碑の台座の上に登ると、奥のほうに遠くのビル群がうっすらと見えた。
「すげーじゃん水谷」
栄口が見直したような口ぶりでそう言うと、水谷はにやりと誇らしげに笑った。
それからよくふたりでここに来た。騒ぎたがり屋の水谷のことだから、てっきりみんなに教えるものだと思っていたけれど、特にこの場所について誰かに語ることはないようだった。それが水谷とだけ共通する秘密を持ったようで栄口は少し嬉しかった。
まだ梅雨にも入っていないのにすごく暑かった日、来る途中のコンビニで買ったアイスを食べながら水谷とぼんやり景色を見ていた。腰掛けた石碑は日が当たっていなかったせいかひんやりと冷たかった。
「これじゃアイス解禁だよ」
「今から暑いんじゃ夏どうなるんだろう……」
夏という単語を口に出したとき、水谷の瞳の奥が少し揺れた。
「夏になったら今みたいにここに来れないよね」
「だなぁ、これからどんどん忙しくなるし」
「そっか……」
アイスから残った棒切れを口で弄びながらうつむく。その仕草がなんだか寂しげで、ここに来るのは二人きりでというのもあったから、栄口も水谷と同じように胸が詰まった。必要とされるのは悪い気分じゃない、ましてやそれが仲の良い水谷が相手だったら尚更だった。
「秋になったらまた来ようよ」
秋になればきっと夏よりは忙しくなくなるはずだと栄口が提案したら、自分より大人びてみえるのにどこか子供っぽい水谷は小さくうなずいた。
夏は意外とすぐやってきて、きつい練習と高い気温で目が回りそうになる毎日だった。けれど、肩を鳴らしたり、シャーペンを回したりする、そういった些細な動作の瞬間にあの場所の残像が頭をよぎる。金網越しの眺望と隣にいる笑う水谷。
誰かと二人きりでいるのがあんなに心地の良いものだとは思わなかった。それはきっと水谷が隙だらけで比較的無頓着なタイプだったからなのかもしれないが、気を遣わず、言葉も選ばなくてもいい友達ができたのは初めてだった。だから栄口は、水谷とはずっとずっと大切な友達でいれるような気がした。