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西浦和の西の西

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 その存在が強烈な分、夏は去るのも早い。夕方には大分涼しい風がそよいでくるようになったある日、栄口は水谷に「行かない?」と誘われた。そのたった一言で行き先がどこを示しているのかわかった。
 久しぶりに赴いたあの場所は特に何も変わった様子もなかったが、秋が近づいてきている西浦は夕日に煽られ、心なしか疲労感がにじみ出ているような気がした。まだ花の開いていないススキが砂場の上に数本生えているのを見た水谷が「線香みたい」と不謹慎なことをぼやいた。
 「オレらさぁ、夏の前よくここ来てたじゃん」
 「確かに時間あったらいつも二人でここにいたな」
 「でさ、ここで何してたっけ?」
 記憶の中のあの暑さをひとつ飛び越え、何とか思い出を再生してみようと試みるのだが、なかなかうまくいかなかった。そう口にした水谷にも思い当たらないのだろう、その辺からちぎったねこじゃらしで座っている石碑をぺしぺし叩いていた。栄口も楽しかったという記憶はあったけれど、自分と水谷がここで具体的に何をしていたのか思い出せない。喋って、笑って、時々途中のコンビニで買った何かを食べたり、水谷のイヤホンを片方もらって音楽を聴いたりしていたことをまとめて例えるなら何になるんだろう。
 「……一緒にいたんじゃない?」
 「オレと栄口が?」
 「そそ」
 「一緒にいる、をしていたのかぁ」
 水谷がぼんやりとそうつぶやいた時、ぱき、と小枝を踏んだような音がした。石畳の階段を上り、誰かがこちらへと近づいてくる気配に、二人は反射的に石碑の後ろに身を隠した。別に悪いことをしているわけじゃないのだから隠れる必要もないのだが、自分たちしか知らないとっておきの場所への侵入者は二人だけの秘密を汚されたような気がした。
 息を潜めながら階段のある方を伺っていると、現れたのはこのあたりではあまり見ない制服を身に着けた男女だった。体格からして多分中学生ではないだろう。どうやってここを見つけたのか栄口が不思議に思っていると、後ろの水谷にシャツの袖を引かれた。
 (あれ)
 驚いた顔の口が酸欠の金魚みたいにパクパクと形作り、水谷はあごで栄口の向こう、男女のいるあたりを指す。視線を戻したその先でさっきの男女が始めているのが見え、思わず後ずさりして奥にいた水谷とぶつかった。どうしようか、と目を見合わせ、でもすぐになんだか気まずくなってお互い逸らした。
 (こういうのって出歯亀っていうんだよな……)
 見てはいけないのだろうと常識的にわかっている、見てしまったという罪悪感もある。なのに目が離せなかった。自分とひとつふたつしか年の違わない人たちが夢中で肉と肉を打ち付けている様は、水谷と栄口が今まで見てきたアダルトビデオやエロ本より、かなりリアルでグロテスクだった。ヒトではない何か大きな獣が交尾しているんじゃと思うほど、セックスというものに抱いていた夢や幻想を見事なまでにぶっ壊された。
 あらかたのことを終えると男女は何事もなかったように去った。水谷と栄口は結局男女に見つけられることなく、行為の最初から最後まで出歯亀してしまった。
 (……意外と早く終わるもんだな)
 頭の中にどんどん血が流れ込んで視界がグラグラする。隣の水谷はどうしているだろうと後ろを振り返ると、水谷はやたら熱っぽい瞳で自分を見つめていた。つたない指先が触れ合い、とっさに栄口は「あ、キスされるな」と自分自身に警告を出したけれど、あえてそれには従わなかった。水谷の顔がだんだんと近づき、薄い瞼を閉じる瞬間を見ていた。
 唇が触れた時気づく、今のこれは幼い頃親愛の証として両親にしていたものとは違う意味のキスだということに。半袖では少し肌寒い気候になってきたせいか、水谷の口内の熱感が心地よく、いつの間にか繋いだ手にお互いきつく力を込めていた。
 「……嫌じゃなかった?」
 「……別に」
 握った栄口の指先を丁寧に撫でた水谷がおもむろに「あれ、しない?」と喋った。
 「あれって?」
 「さっきの、あれ」
 「……できるの?」
 「オレやり方知ってる」
 未だ残る疑問を返す前に、水谷に強く抱きしめられて栄口は身体がすくんだ。
 「キスができるならあれもできると思うんだけど」
 何を根拠にそんなことが言えるのか栄口には見当もつかなかったが、服越しにでも感じる水谷の鼓動や、頼りないと思っていたのに実は強い腕の力で、まとまらない考えはあっさり流されてしまった。なんにせよさっきの男女のあれで自分の中に何かわだかまるものができてしまったのは事実だった。
作品名:西浦和の西の西 作家名:さはら