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ふざけんなぁ!! 5

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21.もしあの日、アパートが崩壊しなかったら? 3





「普通の学生生活を送っている帝人が、俺を好きになってくれたと思いますか?」
「………うーん………、そりゃ無理だべ。だって静雄と帝人ちゃんなんて、全く接点無いだろ………」

露西亜寿司のカウンターで、トムは金属性の取っ手がついた、ガラスのマグカップを片手に持ち、熱々の緑茶を音を立てて啜った。
寿司屋なら、お茶は巨大湯のみで出せと突っ込みを入れたい所だが、大理石の壁や天井にぶら下がっているシャンデリア等を見てしまうと、ささやかな雑貨ごときに、チャチャを入れる気にもなれない。

静雄は店長考案の新メニュー……【エカテリーナセット】の中から、サワークリーム握りを一つ口に入れ、直ぐに顔をしかめた。
無理も無い。
さっき自分も頬張ったが、………正直、微妙な味わいだ。
シャリの甘い酢と、オニオンサワーのすっぱさが口の中でぶつかり合い、旨味もへったくれもありゃしねぇ。
ボルシチ握りも変だったし、から揚げ握りは、いっそ海苔を巻いて天むすび風にした方が断然旨いと思う。
気合を入れて考案したと聞く新メニューは、日本人の味覚からして、色々と難がありすぎだ。一度店長に進言した方がいいかもしれない。

「トムさん、じゃあ、やっぱり俺達があの日出会ったのは………、う、運命って奴っすかね?………」
自分で言っておいて、静雄の頬が瞬く間にリンゴ色に染まる。
ドリーマーだけど、マジ可愛い男だ。
純粋で真面目で、怪力のせいで臆病でネガティブに物事を考えがちだが、本当にいい奴で。
臨也にさえ出会わなかったら、とっくの昔に彼を理解してくれる彼女を見つけ、幸せになれただろう。
もし二人が出会ったのが運命とするならば、帝人を静雄に引き合わせる為、高校時代に臨也と静雄が出会ったのも運命という事になる。
言ったら最後、自分の死刑執行書にサイン決定だ。

トムはぷるっと身震いした後、忌まわしい思考をさっくり削除した。
そんな彼の目の前で、可愛い後輩はますます俯き、もじもじとカウンターに指を走らせる。

「……帝人が、俺の運命の恋人なら……、お、俺達が結ばれるのって、もう決まってる未来なんっすよね………、へへへへへ、もう、キスまでしちまったし………」

今朝のファーストを、また思い出したのだろう。
顔が蕩けそうにデロデロに崩れ、見ているこっちが砂を吐きそうだ。


「………なぁ静雄、そういやお前、帝人ちゃんへのロマンチックな告白は済んだのか?………」
「……うぐっ……」
ヘタレは瞬く間にカウンターに轟沈した。
本当に大丈夫かこの男は。
告白もしてないのに、何が【結ばれる】だ、アホ。


「ドンマイ静雄。寿司一杯食ッテ、告白頑張ルヨー♪ オ腹一杯♪ 夢一杯♪」
巨大な図体しながら、機敏なサイモンが、すかさずウニの軍艦巻き、あわびの握りを、それぞれ一皿ずつ差し出してきやがった。
ここの単品は全て時価。
一瞬、今日の値段いくらだよぉ~……と、ぼやきたくなったが、まぁ、午前中だけで四件もスムーズに回収が済んでいるし、女がらみで嫌な思いをした静雄を鼓舞する為に誘ったのだ。
昼間は夜より多少割り引かれている筈だし、ケチ臭い思考は、この際全てシャットダウンしようと腹を括った。

「サイモン、後、俺と静雄に、蟹と海鮮の特上チラシ追加。それと食後、こいつに特大プリン食わせてやってくれ」
「OH、田中社長~♪ 太っ腹ネェ♪」
「……トムさん、昼間っからなんでそんな豪勢に……」
「いいから。旨いモンたらふく食って、腹を満たそうな。そんでさっきの嫌な気持ちを吹き飛ばす。お互いさっぱりしようぜ、仕切りなおしだ♪」


帝人ちゃんと同じ学校に通っている少女だったから、トムは無理して贄川春奈を助けたのだ。
なのにそれが原因で、今、静雄が子泣き婆状態で張り付かれ、泣き喚かれている。
何でも自分のせいだと思いがちな彼が、ドつぼに嵌るのも見たくないし、自分だって折角親切心で出した仏心が徒(あだ)になったのだ。
報われなさすぎて嫌にもなるだろう。


「まぁ、頑張れよ静雄。帝人ちゃんはお前さんより遥かにリアリストだからな。童話や御伽噺のように、王子とお姫様が仲良くくっつきました♪、メデタシメデタシ♪で終わるタマじゃない。俺の予想じゃあの子、将来メチャメチャいい女に化ける可能性がある。大人になるまで待った挙句、他の男にみすみす盗られるなんてヘマすんじゃないぞ。お前だってもう、真っ暗で誰も待っていない部屋にさ、とぼとぼ帰りたいとは思わないだろ?」


途端、静雄の面持ちが固く強張る。
カウンターの上に出ていた両手を、白くなるまでぎゅっと握り締めた。
「判ってます。ノミ蟲なんぞに、絶対俺達の幸せは壊させません」



もし、この場に臨也がいたのなら、『何を思いあがった事言ってんの、静ちゃん? お前程度が帝人ちゃんの手綱を取れる訳ないでしょ♪』と、散々彼らを嘲り笑った事だろう。


トムも静雄も、未だ帝人がダラーズの初代創始者で、凄腕のクラッカー【女帝】な事を知らない。
今、彼女の手元にパソコンもインターネットも無く、世界を手玉に取れるツールがないから平凡な少女に見えているだけの【怪物】なのだと。
もし、この段階でトムの耳に帝人の情報がきちんと入っていれば、きっと別のアドバイスができた筈。
そしたら静雄は近い将来、一番大切な物を失わずに済んだかもしれないのに………。

運命というものが本当にあるのだとしたら、残酷だった。



「でもなぁ静雄、贄川の件だけど、あれ、どうみても粘着っぽくねぇ? 帝人ちゃんと学校同じだし、逆恨みとかで彼女に嫌がらせやられたら堪らんぞ」
みるみる静雄の顔が険しく変わる。
先手を打たないと、今にも店から飛び出して行きそうだ。

「気持ちは判るが、絶対殴るなよ。あの手は暴力を振るったら最後、これ幸いに【責任を取れ】とか盛大に喚くタイプだからな」
「ううううう」

ぐぐぐっと、静雄は更に拳を握り締めた。
帝人が絡む事なら、ほんの少しだけど、我慢できるようになったらしい。

「後なぁ、帝人ちゃんに贄川の事を、前もって言っとけ」
「……無理っす。だって、俺が女に言い寄られてるなんてあいつが知っちまったら、絶対悲しんじまう……」
「事件が起こった後から聞かされたんじゃ、もっと傷つくんだぞ。それと、あの娘の兄貴分……、紀田っていう子にも、一度きっちり話を通しておけ。そうすりゃお前の目の届かない学校でも、何かとフォローしてくれるだろう?」


だが静雄は、ぴしりと固まったままだ。
ゆさゆさ揺さぶっても、何か呟いていて、返事を一切返してきやがらない。
耳を澄ましてみた。


「……どうしよう、帝人に嫌われたら俺は死ぬ……、帝人帝人帝人帝人帝人………言えねぇ、絶対に言えねぇ……帝人帝人帝人帝人……」
「……駄目だこりゃ……」

トムははふっと息を吐くと、サイモンがにこやかに運んできてくれた蟹と海鮮のチラシ寿司を頬張った。
醤油と錦糸玉子と海苔が絶妙で、うにと蟹とほたての身がぎっしり詰まった甘みといい、新鮮な旬の魚も舌にとろけそうで。
同じ値段な新メニュー……エカテリーナセットより、断然こっちのほうが美味だったのは、言うまでもない。

作品名:ふざけんなぁ!! 5 作家名:みかる