ふざけんなぁ!! 5
22.もしあの日、アパートが崩壊しなかったら? 4
「……あー、ムカつく……」
背を丸め両手をズボンのポケットに突っ込み、煙草の煙を機関車のように吐き出して夜道を早足で闊歩する。
臨也にまたもやハメられた。
こんな化け物みたいな自分を、怖がらないでいてくれるそんな奇跡のような女がそう居る筈なんて無いのに、二人目の女に好かれたと勘違いし、どうやって穏便に振ろう……なんて、悶々悩んでいた自分が馬鹿みてぇだ。
己の間抜けさが、超絶に腹立だしい。
むっすり苛つきながら玄関を潜ると、『ただいま』も言わないうちから、軽やかなとたたたたたたたっ……と、足音が響き、帝人が走ってきた。
「おかえりなさい♪」
そうにっこりお出迎えして微笑んだ後、彼女はこくりと小首を傾げて、静雄をじいっと見つめる。
そして、いきなり真正面からぴとりとしがみつく。
(え!?)
首の後ろに両手を回し胸に顔を押し当てる、いわゆるハグという奴で。
必死で背伸びしている彼女にぎゅうぎゅうに抱きしめられ、その温かく柔らかな肢体に頭に血が上って、顔が瞬く間に真っ赤なリンゴ色になって、全身までふるふるふるふると震えてくる。
「……な、………ど、どうした帝人?ゴキブリでも出たか?……」
「だって静雄さん、喧嘩した」
(……あ、やべぇ……)
心臓がどきりと跳ねた。
いつもにぶにぶの彼女だけど、バーテン服の白シャツが、薄汚れてる上血痕までついてりゃ、そりゃばれるわな。
心配かけちまったかと、目だけでちらりと帝人を見下ろせば、彼女は静雄を抱きしめたまま噛み締めるように瞳を閉じていて。
「怪我、大丈夫ですか?」
「……お、おう……。これ、全部返り血だし……」
「何処も痛くない?」
「当たり前だ」
「ああ、良かった。もう、あんまり無茶しないでください」
彼女はほうっと深く息を吐き出し、静雄の首に回していた右手でふぁさっと彼の後頭部の髪に触れ、そのまま優しく撫で始めた。
「本当にヤンチャなんですから、めっ」
(おいおいっ)
こっちだって苦笑が零れてくる。
実の母親にだって、頭をいい子いい子されたのは、小学校低学年が最後だったというのに。
腕白で超元気な幼馴染をずっとフォローしてきた影響か、帝人はガキの癖に母性本能がやたらと強い。
だから、素でこうして甘やかしてくれる。
それがとてもくすぐったくて、慣れないから気恥ずかしく、でも嬉しくて。
怪力を持て余し、怒りを我慢きずに暴走する、そんな自分は、人、物、建物や車、それどころか時には人間関係全てを破壊しつくしてしまう。だから何時か居場所を全部失って、一生孤独に生きていくのだと、そう諦めきって生きてきた。
でも彼女は今ここで、自分を恐れる事無く傍に居て、優しい腕を差し伸べてくれる。
抱きしめ加減を計り間違えて二度も骨を折った。
スキンシップに失敗しての、打ち身や鬱血は四六時中。
それに自分と関ったせいで、臨也に襲われかけ、随分怖い思いまでさせた。
なのに何で全部許してしまえるんだ?
こんなぽけぽけとした純朴な馬鹿女、見た事がねぇ。
心がじわりと熱くなり、満たされる。
逃したくない。
絶対に失いたくない。
帝人を知る前の自分自身なんて、今は思い出したくないぐらい忌まわしい過去だ。
「……なぁ、帝人………、俺、本当はすっげぇ臆病なんだ……」
「はい?」
童顔で幼い顔が、きょとんとしたまま見上げてきた。
「俺、もうお前だけでいいから。お前が傍に居てくれるなら、もう何にもいらねぇ」
「えへへ♪ そう言って貰えると、とっても光栄です♪」
ぽくぽくと、ほっぺたが仄かに赤く染まり、嬉しげな照れ笑いを浮かべだす。
ああ、やっぱりこいつ、小動物みたいで滅茶苦茶可愛い。
「だから、お前が16になったら籍入れる」
「………ふぇ?……」
彼女の青い目が、驚き、ぱちくりと瞬きだす。
「一生、俺の傍にいろ。ほら、『うん』って言え。とっとと言え。即座に言え!!」
「ちょ……、そんな、静雄さん。どうして急に畳み掛けるように……? 大体、私にいつかロマンチックな告白くれるって約束は、何処いっちゃったんですか!?」
「知るか。ウジウジ悩むのはもう止めだ。俺のキャラじゃねぇ。帝人は俺のモンって決めた。文句ねぇな?」
今日の乱闘の興奮が、まだ胸に燻っていたようだ。
悪戯が成功した悪餓鬼のように、にかっと口の端を吊り上げて笑えば、帝人が腕の中であわあわと暴れだす。
非力でどんくさい彼女の抵抗など、暴れるハムスターみたいなものだ。
逃す訳なく、でも潰さないように加減して、今度は自分からぎゅうぎゅうに彼女を抱きしめなおす。
「大事にする。絶対浮気もしねぇ、一生お前一筋だ。だから俺と結婚しろ」
「……でも、あの、私、16はまだ早すぎて……」
「断ったら殺す。安心しろ、苦しくないように首の骨をへし折ってやる」
「そんなぁ!? ちょっと待って!!」
「嫌なら今直ぐ俺を殺せ」
「無理です!! できる訳無いでしょう!! 静雄さんは池袋最強じゃないですか!?」
「人間死ぬ気になりゃ、何だってできるだろが」
「無茶苦茶だぁぁぁぁ!?」
「好きなんだ、帝人!! お前を失ったら、俺はマジで死ぬ!!」
そう勢いで絶叫すると、彼女は暫く静雄の腕の中でぴしりと固まっていたけれど、やがて小鳥の囀りのような、優しく小さな笑い声を零した。
「……あーあ、……本当に静雄さんってば、仕方がない人ですねぇ。普通告白で、『殺す』とかいいますか?………」
脅しで、彼女の細くて白い喉に指を這わせていたというのに、それでもくすくす零れる笑い声は途切れない。
「返事は?」
「高校卒業まで待ってくれるのなら」
青く大きい瞳が、まっすぐ射るように静雄を見つめてくる。
「そしたら一生傍に居ますよ。私も、ずっと静雄さんを大切にします」
覚悟を決めた者特有の、一本筋が綺麗に入った彼女の力強い言葉が紡がれた。
その心地よいきっぱり声が耳から脳に届くと、次第にじわじわと熱が上がり、静雄の頬が真っ赤になる。
「………よっしゃぁぁぁぁぁ!!!!!!!!…………」
獣の咆哮のような、歓喜の雄たけびを上げた。
★☆★☆★
あの後、帝人を抱きしめたまま嬉しさにはしゃぎ回った。
嬉しくて嬉しくて、部屋の家具のいくつかに振り回した彼女をぶつけしまっても気がつかず、痛さにえぐえぐすすり泣きだした声を耳にし、ようやく我に返って青ざめた。
「……スマン……、帝人……、俺、マジで悪かった……」
彼女の細すぎる手足に、新たにつけてしまった鬱血痣の大量さに驚き、再び落ち込み項垂れる。
でもお人よしな彼女は、やっぱり静雄を一切責めなくて、逆にイイコイイコと頭を撫でられる。
「判ってます。静雄さんは悪気無いって、ちゃんと私、判ってますからね」
「なぁ、今から新羅の所に行くか?」
「ううん、大丈夫ですって。単なる打撲ですし」
「じゃあこっち来い。ほっとくと明日腫れるぞ」
リビングのソファーに彼女を降ろし、棚の上の救急箱を取り出して、ぎこちないながらも静雄が手づから手当てを施した。
作品名:ふざけんなぁ!! 5 作家名:みかる