B.PIRATES その1
次に同時に白哉をチラリと見、そしてまた顔を見合わせたかと思うと、誘惑に勝てない少年のように、ニヤッと笑った。
「…交渉、成立だな。」
そう言って白哉は深く椅子に座り直した。
こうして、海軍と海賊。異例の同盟が締結される運びとなったが、条約の詳細を取り決めるところとなっては、当然話し合いは暗礁に乗り上げた。
「私に、この海賊船に残れと? 浮竹。それはならぬ。 無論、軍の兵士を何名か貴船に置き、連絡係も常時行き来させるが、私は本船で、貴団との連携の指揮に当たらねばならぬ。乗船は無理だ。」
「朽木。一応こちらは、同盟の誓約はたてるが、今の時点で、君らと俺達の立場は、同等ではないではないか? 解っているだろう? 俺達の目的は、市丸殲滅はもとより、二十億の報償だ。
だがそれは市丸を倒してから、つまり、君らの目的が完全に達成してから、俺達はやっと恩賞に預かれる。 現時点では、二十億は当てにならない口約束にしか過ぎん。」
「私が約を違えるか、嘘を吐いていると?」
「そう言わないでくれ。俺達は賊と軍だぞ? 一時の同盟で、腹のさぐり合いをしない関係が成り立つとは思えないが?」
「…ふ…。違いない…。」
白哉は目を閉じ、物憂げに椅子の手摺を指で二・三度小突き、軽いため息を漏らすと、言った。
「よかろう。私はこの船で、卿らと行動を共にしよう。 私ごときが、二十億の人質になるとは、到底思えぬがな。」
「話の早い相手でいいな。 うちの船員に欲しいくらいだ。」
「…そんなくだらない冗談では笑えぬな。」
「失礼した。」
二人のやりとりを終始黙って見ていた京楽が、頃合いを見計らっていたように、口を出した。
「浮竹。 外の子、入れる?」
「ああ。忘れてたな。同盟締結の杯を交わさねばと、酒を用意させてたんだった。 入っていいぞ。」
そう言われて、失礼しますと、酒を持って入ってきた海賊船員の青年を、白哉はチラリと一瞥した。
「なんだい?君が給仕係みたいな真似して酒運び?似合わないなぁ、阿散井君。」
「新参者は、何だってしますよ。」
言い訳がましくそう言った青年は、やりづらそうに酒を開け、浮竹、京楽、そして白哉に手渡した。
退がろうとした恋次を、浮竹が引き留めた。
「ああ、退がらなくていいよ、恋次。ずっと扉の外で待たせて悪かったね。 君も一緒に杯を空けるといい。」
「はぁ?! い!いいえ!しし新米の俺が、そんな儀式に参加する理由なんてないっすよ!!」
「もういいって。 君、朽木の部下だろう?」
恋次が、手に持っていた盆を、豪快に落とした。
「バレてたんすか?!」
「バレてたのか…。」
「そうだったの?!」
恋次、白哉、京楽が、同時に浮竹に問い尋ね、それに対し、浮竹は、のんびりと答えた。
「いや。全然気付かなかったよ? ただ、船上で朽木に剣を突きつけた時、恋次が凄い殺気を向けたから、それでなんとなく。
あと、酒を運んでくるのを口実に、扉の外に張り付いて聞き耳立ててたので確信したかな。」
白哉が、馬鹿者、とでも言うように、恋次に冷たい視線を流した。
恋次は、白哉から後で来るのであろう叱責を恐れているのか、絶望的な顔をして、子犬のように、上目で白哉を見ていた。
そんな二人に浮竹は、ぷっと吹き出して、恋次をフォローするように言った。
「まあ、もういいじゃないか? 朽木がこの船に乗るようになった今、恋次も白哉の指揮下に戻った方がよかろう。潜入捜査による、我がパイレーツの情報収集は、もう完了だろう?朽木。」
「……まあな。」
「しっかしねぇ…阿散井君が海軍だったとはねぇ…。 海賊以上に海賊らしかったから、すっかり騙されてたなあ…」
「そうッスか?」
京楽の感心したような呟きに対し、てへ、と、笑う恋次に向かって、白哉の厳しい言葉が被さった。
「褒められているとでも思っているのか、恋次。」
「………すみません……」
「いやいや、怒るな朽木。恋次は良い意味で、船員に好かれ、信頼される人物だったぞ。」
「そうそう。特に、砲弾手の志波空鶴なんざ、毎晩恋次を自室に引き留めて……」
京楽がそう言った瞬間、白哉の周りの空気が一瞬にして凍り付いたような感覚を、そこにいた三人全員が感じ取り、浮竹と京楽は凍えたように固まり、恋次は青ざめながら叫んだ。
「ちょっと待て!妙な誤解すんなよ?!隊長!! 毎晩、酒とカードの相手につきあわされてんだよ!!」
「そうか。 信頼を深めるいい手段だ。 任務はさぞかし楽しかったであろう。」
「…全っ然信じてねぇな隊長…」
そんな二人のやりとりを、浮竹と京楽は、苦笑いをしながら見ていた。
「やだねぇ…やっぱお固いなぁ、海軍はさ。」
「何故、あの恋次が海軍なのか理解できんな。」
「海賊でやっていけるよねぇ?」
「いけるよなぁ。」
呟く二人の海賊の会話を耳にとらえて、白哉の表情に冷たさが増すのがわかる。恋次は泣きそうな声で二人に向かって叫んだ。
「つうか!浮竹船長、京楽副船長! アンタら俺をフォローしてんのか?!それとも褒めてんのか?! それとも朽木隊長を怒らせたいだけか?!」
そうして、なんだかんだと話が横道に逸れながらも、略式に同盟条約の調印が行われ、浮竹船に残る白哉の代わりに、恋次が調印書を持って、一旦軍に帰ることになった。
白哉が乗ってきた小舟に乗って遠ざかる恋次に、海賊達が怒号で見送っていた。
「てめぇ恋次!今度来る時にゃ、海軍に辞表出して来な!」
「制服なんか着てきたら、撃ち殺すぞコラァ!」
一番腹を立てていた、砲弾手の空鶴などは、「早く帰って来いよ馬鹿野郎!」と叫びながら、大砲を一発お見舞いしていた。 遠くから「危ねぇな空鶴姐さん!殺す気かよ!」と、恋次の声が聞こえた。
船の一番高いデッキでそれを見ながら、くすくす笑う浮竹の傍らで、白哉が厳しい顔で呟く。
「…本当に好かれていたようだな、恋次は。」
「気に入らないか? 海賊風情に親しくされるのは不愉快だ、そういう顔をしている。」
「好きに思うがいい。」
浮竹の方をちらとも見ない白哉の髪が、海からの風になびいた。
浮竹は、ふぅん、と目を細めながら鼻を鳴らし、白哉に聞いた。
「…君の行動に、腑に落ちないところがあるんだ。
なぜ君は、単身で、この船に来たんだ? 同盟のコトを、隠密裏に運ばねばならないとしても、たった一人というのは危険すぎる。無謀だ。 何かの狙いがあったとしか思えん。」
白哉は、海をみたまま動かずに、答えた。
「浮竹パイレーツが、世にいう海賊とは違い、多少なりとも礼儀を知り、義にあついということは、恋次の報告で解っていた。 だが、報告だけでは、同盟するに信頼おける賊かは、判断できぬ。 この目で見て、極める必要があったのだ。」
「…なるほどね。俺達は合格か。」
「私自身が殺されても文句の言えない状況を作ってみても、卿は礼を尽くし、話し合いのテーブルを設けた。 私の行動の裏に策略を感じ取った機知英断にも、感服した。」
作品名:B.PIRATES その1 作家名:おだぎり