B.PIRATES その1
「お誉めいただき光栄だ。…だがな。それにしたって、やり方が強引だ。話し合いの席を設けたいのであれば、正式に打診しても俺達の素行の判断はついたろう? それに、危険を冒さずとも、君が捕らえられた時点で、パーレイ(交渉)の宣言をすれば、首も繋がる。」
「パーレイは、海賊の掟に基づくものだ。宣言してしまえば、対等な交渉はできぬ。」
「そりゃそうだな。…如何んせん、納得いかない。君の行動は、終始、自殺行為だったよ?」
「だから?」
「……」
口を噤んだ浮竹に、初めて白哉が振り返り、その意志の強そうな、整った顔を真っ直ぐに向けて、言った。
「軍に命を捧げた我々だ。今、この時点でも、命など惜しまぬ。
…言っておこう。今私がここで卿に殺されても、軍は市丸討伐の歩を止めはせぬ。卿らへの裏切りへの報復もせず、ただ、同盟が白紙になる。それだけだ。……二十億は保証する。だが、私はその報償の人質には足り得ぬ。不服なら私を好きにするがいい。
…だが、海軍に、卿らの戦力は必要なのだ。」
凛と浮竹を見据える白哉に、浮竹は複雑な面持ちで尋ねた。
「…同盟の…軍のためなら、死んでも構わない、か…? それは、君のやり方か?」
「ひいては、軍のやり方だ。我が軍に、不忠と臆病者はおらぬ。」
「…そう。 …そういう考え方は、気に入らないな…。」
「気に入らないか?海賊と考え方が違って当然だ。気に入って欲しいとも思わぬ。」
浮竹は、白哉の顔をじっと見つめて、僅かに眉間に皺を寄せた。
そしてふいに「そうだなぁ…どうするかなぁ…」と呟き首を傾げ、考えるような仕草をしたが、やがて白哉に向き直って言った。
「…朽木。君、さっき、俺が不服なら、君を好きにしていいって言ったな?」
「…ああ。」
「うん。なら、好きにさせてもらおう。 ついて来い。朽木。」
長い銀髪を翻し、ずかずかと船室に入ってゆく浮竹を、訝しげに見ながら、白哉は後についていった。
浮竹の自室に連れられ、入って扉を閉めるなり、浮竹は部屋の奥に歩みながら言った。
「制服を脱げ、朽木。」
「何…?」
浮竹の自室に連れてこられるなり、部屋の奥から、浮竹にそう命じられた白哉は、その冷たい表情を変えずに聞いた。
「…何故だ。」
部屋の奥でなにやらごそごそやっていた浮竹が、ずかずかと歩み寄り、白哉の前に立ちふさがった。 長身の浮竹を前にし、白哉は少々後ずさりながら、浮竹を仰ぎ見た。
すると浮竹が、白哉の腕を、強い力でぐいと掴んだ。
「何をする…!」
引き寄せられた白哉の腕に、先ほど奥から持ってきたらしい、浮竹の服がバサリと乗せられた。
「着ろ。」
「…何だこれは…。」
「雑巾にでも見えるか?」
「ふざけるな。私に海賊の格好などさせて、どうしようというのだ。」
白哉は、これ以上ないというくらい、不愉快そうな顔をしていた。 そんな白哉を愉快そうに見ながら、浮竹は言った。
「君の立場は尊重するが、この船にいる以上、君はうちの船員だ。 それらしく振る舞って頂きたい。」
「それこそ笑えぬ冗談だ。私に海賊の真似事をしろと言うのか。」
「ま、そういうことだな。」
更に抗議しようと、口を開く白哉の顔の前に、浮竹は手を翳して制止した。
「俺が気に入らないのはな朽木。こんな時代とはいえ、命を軽んずるその考えだ。海賊が何を言う、と思うかもしれんが、俺は、無益な殺生はしない。 仲間の命も、敵の命も、同じく尊いと思っている。」
「………」
「俺は船長である限り、この船に乗っている船員すべてを守る義務がある。無論、君もだ、朽木。」
「…くだらぬことを。私は守ってもらう必要などはない。故に、海賊の真似事など、御免だ。」
そう言って服をつき返す白哉に、浮竹は笑って、服を受け取りながら言った。
「まあ、服に関しちゃ無理強いはしないさ。絶対着るとは思っていなかったし、半分冗談だ。 ただ、先ほども言ったように、この船にいる限りは、我がパイレーツの掟に従ってもらおう。」
「何だ。掟とは。」
「仲間を尊び、命を尊べ。 我が自由は海の風の如くに、総てに優しく凪ぐものなり。」
「…………」
「浮竹パイレーツにようこそ、白哉。」
そう言って穏やかに笑う浮竹を、白哉は何も言わず、少し不思議そうな面持ちで、じっ、と、見ていた。
同盟締結中は、心から忌み嫌う海賊と、これから寝食を共にしなければならない。そのことは、白哉にとって、ひどく憂鬱であった。
白哉は、決して悪を許さない。賊を、許さない。
目の前で屈託なく笑う、浮竹という男も、また同様である。
…同様である。…そのはずなのだ…。
白哉は、浮竹という海賊を前にして、何か妙な違和感を覚えた。
……不思議な男だ……。
白哉は浮竹を見つめながら、そう、思った。
この男をもっと知りたい、と白哉が思ったのは、白哉の海軍将校としての職務上の義務感からなのか、それとも白哉自身の好奇心なのか、または、何か別の、想いからなのか……。
白哉の心にあるそれは、まだ不確かな感情だった。
『 ―――専門哲学者は往々、心理は机の上にあると信じています。真理は机上にあるのではなく、それはそもそもでき上がってあるのではありません。
君たちは、真理を交わりの中に見いだすことを学ばねばなりません。いったい、プラトンの対話はどのように成立しているかね?
活動の中に、真理がある―――
我々を結びつけるものが真理である…――― 』
――――哲学者・カール・ヤスパース――――
『―――海軍総司令部総司令・日番谷冬獅郎閣下―――――』
『海軍総司令部隊長・朽木白哉より、浮竹パイレーツ本船滞在十三日目の現状経過を報告する。
浮竹パイレーツの組織実態は、過去に阿散井恋次が潜入捜査で報告したように、以下の如く構成されている。重複になるが補足としてここに記す。』
『浮竹パイレーツは、浮竹十四郎を総指揮者として、以下の三部隊・三船団に編成される。
・京楽春水副船長分隊 総勢二〇〇名
・志波海燕分隊 総勢二〇〇名
・四楓院夜一分隊 総勢三〇〇名
・ほか、島に隠している人員有。その数は未知数。
京楽春水副船長は、浮竹十四郎船長の補佐をする傍ら、浮竹本船の船員の直接の指揮を一任されている。
志波海燕率いる隊は、主に密貿易に携わり、諸外国から我ら海軍が管轄する諸都市に至るまでの、多くの市場に介入している模様。
四楓院夜一率いる隊は、海賊内部で『隠密機動隊』と名指されるように、主に情報収集や戦闘に従事している。海軍の内情や、各都市の市場に至るまでのありとあらゆる情報を集め、戦闘においては、山賊や海賊による暴力や、その他の圧力に苦悩する都市や人々の依頼を受け(受けなくとも)、その鎮圧にあたっていると聞く。
四楓院夜一は、過去に名の知れた最強戦闘部族の長をつとめた四楓院家の末裔の姫君だという。現在はその部族も衰亡し、完全な消滅をしたと聞く。そのような権威ある人物が、何故浮竹の配下に属しているのかは甚だ疑問である・が、なんにせよ、現状として浮竹パイレーツが驚異的な戦力を有していることは確かである。』
作品名:B.PIRATES その1 作家名:おだぎり