B.PIRATES その1
『以上のことから、浮竹パイレーツ頭領浮竹十四郎が、外交力および経済的能力に秀で、絶大な戦力のすべてを統率する手腕を持ち、更には先見的視野を持ちつつ、人道を重んずることがうかがえる。
――海賊に対して『人道』という言葉をあてがうのは極めて遺憾ではあるが、浮竹パイレーツの慈善的ともいえる行動に、多くの民衆が感謝と賞賛の声をあげ、圧倒的な支持を浮竹パイレーツが受けていることは、紛れもない事実である。
賊を賛辞するような表記をここで用いたことは以上の理由からであって、小官の本意ではないことをご理解いただきたい。
――さて、浮竹十四郎という人物についてだが―――… 』
………
「………。」
白哉はそこまで書いて、走らせていたペンを止めた。
…どう、記したものか…。
そう思って、ペンを置いて、書きかけの日番谷総司令への報告書から目を離し、椅子に深くもたれかかりながら考え込むように顎にそっと手を添えた。
…浮竹十四郎…。
浮竹海賊団(船員だけでも七〇〇人)なる大船団を統べる船長であり頭領。
16歳の時に仲間数名と海へ出、海賊を名乗ること10数年。現在に至る。
博識で、統率力に優れ、船員一人一人への細やかな配慮も怠らぬ。人望厚く、性格は極めて温厚。しかしひとたび戦闘となれば、その豪傑な戦いぶりは敵対する総ての者を震撼させるという。
…私生活は至って質素で、色は好まず、過度な飲酒・浪費・遊興は徹して控え、常に己を厳しく律する。
……多忙な日々においても自己の鍛錬は怠らず、毎日の読書と学問の研鑽は欠かさず、朝夕の祈りもまた然り…。
…………。
…事実とはいえ、賞賛するような要素しかないではないか…。
白哉は気付いたようにそう思い、軽く項垂れた。
2週間もの間、浮竹と共に行動する中で、浮竹十四郎の性格と生活態度を観察していた白哉は、浮竹の海賊らしからぬ実態に、激しく困惑していた。
そして呆れたようにため息を吐き、心底困ったように眉をひそめた。
…ここまで海賊を奨励するような報告を出してしまえば、私が海賊に加担し、偏向してしまったと思われても仕方があるまいな…。
もっと、何かなかったか? 浮竹の…欠点…?
もしくは、弱点……。 ……。
…。…そういえば…。
白哉は深く記憶を辿っていたが、ふと、数日前の出来事を思い出した。
「…京楽。」
船内の廊下を歩いていた白哉が、目の前を通り過ぎた京楽の姿を見咎め、声をかけた。
それに対し、くるりと振り向いた京楽は、「なんだい?」といつもの陽気な声で答えたが、白哉は訝しげな顔をして床を指差し、訊ねた。
「…浮竹を、引きずっているようだが…。いいのか?」
白哉の指の先には、京楽に片足を掴まれた浮竹が、死んだようにうつ伏せに倒れていた。見たところ、この状態でずっと引きずられていたらしいが、当の浮竹はぴくりとも動かなかった。
京楽は気付いたように、ああ、と言ってにっこり笑って続けた。
「いいんだよ。毎朝こうだから。」
「…毎朝?」
「そ。この人、毎朝この時間になってもまだ目が覚めないの。こうやって無理やり引きずってりゃ、いずれ起きてくるんだよ。」
「…要するに、寝起きが、悪いのか…。」
「そうそう。毎朝毎朝毎朝、殺してやりたいくらい、寝起きが悪いの。」
そんな会話を交わしていると、突然浮竹がぴくっと動いたかと思うと、軽くうめき声を上げてゆっくりと顔を持ち上げた。
「お、起きたか、浮竹?」
京楽が、持っていた浮竹の片足を解放し、浮竹が起き上がってくれるのを待った。白哉はというと、不躾にならない程度に興味深そうに寝起きの浮竹の顔を覗き込んでいた。
「…ぬぁ…? …白哉…?」
浮竹は妙な呻き声を上げてから、目の前に居た白哉を眠そうに細めた目で見て、その名を呼んだ。
白哉はどう返事を返していいか解らず、無言で浮竹を見ていたが、浮竹はうっとりとした目で白哉を見つめながら、少し間を置いて、呟いた。
「……ちくわ…。」
「………何?」
何に対しての発言なのか(白哉の頭上を見て言ったような気がするが)、そうつぶやいてまた、揺れていた瞼を完全に閉じ、コトリと顔を伏せてしまった浮竹に、京楽は苦笑いを浮かべながら少しだけ悪そうに眉を下げて、「ごめんね。寝惚けも激しいんだ。」と言った。そして固まったまま動かない白哉に向かって、続けて言った。
「なんなら、踏んでもいいよ?白哉君。」
「…そうしたいが、遠慮しておく。」
…寝惚けた者の戯言だ。気にすまい。
そう思いながらも、その日の白哉は目に見えて不機嫌だった。
その時の事を思い出し、白哉は眉間に深い皺を寄せた。
…浮竹十四郎の弱点は、朝に弱いことである…。
報告書にその一文を記したところを頭に思い描き、白哉は、はたと我に返った。
………くだらな過ぎて、報告書に書けたものではない…な。
白哉は、自分の思考に呆れたように大きなため息をついて項垂れた。
…どう考えても、仕方あるまいか…。あの者の人物の大きさは、この2週間、嫌というほど見せ付けられたのだ…。下劣に粗探しをしたとて、浮竹を酷評するような要素を見つけることは不可能であろう…。 ……まったく…
「…海賊のくせに…。」
白哉は忌々しそうにそう呟いてから、少し悲しそうに目を伏せ、この2週間における浮竹との親交と、対話のひとつひとつを思い返した。
浮竹と白哉は、海賊と海軍の両指揮官という立場においての仕事上の話し合い以外にも、事あるごとによく対話をしていた。
浮竹は、驚くほど博学だった。
そして、常々の大味な言動とは打って変わって、白哉と話す時は、適度に物静かで穏やかだった。何よりも、どんな話題を持ち出しても上手に話を合わせ、多彩な知識を交えて、より深く興味深い対話を展開させる。
白哉にとっては、浮竹との対話は非常に心地よく、面白かった。そんな浮竹との時間が、白哉は好きだった。
そうして、白哉はそんな浮竹との語らいの中で、浮竹の人格の深さを知った。
浮竹はとても、…とてもいい、男だった。
そんな日が過ぎる中、白哉の心を乱した出来事があった。
数日前のことである。
白哉は、仕事の打ち合わせの為に、かねてより決められていた時間に船長室を訪れた。しかし、浮竹はその時ちょうど忙しそうにしていた。
来室した白哉に気付くと、浮竹はぱっと笑顔を見せて「よう白哉、来てくれたのか。」と嬉しそうに言ったが、すぐに思い出したように焦りの表情に戻り、困ったように、わしわしと頭を掻きながら、戸口に立っていた白哉に歩み寄った。
「すまん、白哉。少々雑務の処理にてまどっちまってな。すぐ終わらせて戻ってくるから、ここで適当に待っていてくれ。」
そう言って浮竹は、白哉の横をすり抜け、「必ずすぐ戻るから、絶対待っててくれ」と、憎めない笑顔で白哉に念押しをして、早足に部屋を出て行った。
「………。」
浮竹のペースに乗せられて、一言も発することが出来ないまま部屋に一人残された白哉は、少しの間、何か考えながら部屋を見渡していたが、やがて、その表情に怒りの色を浮かばせた。
作品名:B.PIRATES その1 作家名:おだぎり