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B.PIRATES その1

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「航海術や兵法や天文学の知識探求は、海に出る男として必須だが、一介の海賊であるお前が、何故、ここまでの本を読む必要がある? …歴史、哲学、宗教、心理学…。 浮竹、お前は作家にでもなるつもりなのか?」
「…ああ、…そういうことか…。」
 浮竹は拍子抜けしたような、ほっとしたような顔をしてから、気を取り直すように頭をかりかりと掻いてから、ゆっくりと口を開いた。
「そうだなぁ…。何故、本を読むのかと問われたら…人間を知るため、と答えたらいいかな?」
「…?」
「最初はな、平和について探求しようと思ってたんだ。俺も京楽も、戦争で家族と故郷を無くしてるからな。だから、平和な世の中を作るにはどうしたらよいかと、色々な本を読み始めたんだ。」
「ほう。…それで? 平和の方途は見出せたか?」
「ああ。それが、『人間を知ること』だと解ったよ。」
「………。」
 白哉は、じっと浮竹を見た。もっと深い説明を促しているその眼差しに、浮竹は優しく微笑んで、続けた。
「人間というのは、様々だろう?白哉。 一人一人の生き方も、境遇も、千差万別だ。まったく同じ人間なんかいやしない。人それぞれ、思いが違って、価値観が違う。それ故に、それぞれが共存する小社会の中で、諍いや争いが生じるんだ。
親子夫婦においても、時折、相互不理解が生じるというのに、他人同士、または民族・国家間などにおいては尚更だ。そうだろう?
…一対一の友人同士においても、国と国の相互関係においても、如何にして争いをなくし、平和を実現させるかといえば、その手段は、互いを理解し合うという一点しかないと思うんだ。」
「正論だが、夢物語だな。」
 白哉は、きっぱりと言い放った。
「この広い世の中をよく見ろ。お前の言うとおり、多くの人間がいる。良識を持つ者もいれば、無知な者もいる。そして善人もいれば、悪人もいる。全人類の相互理解など実現し得るはずがない。 お前の論説は、この世の悪のすべてを根絶させ、正しい人間ばかりで世界を統一しようという、現実から目を背けた理想主義に他ならぬ。」
「ははっ。理想主義か。そうだな、確かに俺の主張は、俺自身の理想から生まれたものだが、俺だって世の中の現実もしっかり直視してるさ。不可能な理想論だということは解ってるよ。だが、それで諦めてしまったら、人間は、悲観的な運命に流される未来しか望めないだろう? 
すべての人間は、決められた運命に従って生きているんじゃない。自己の自由と幸福を目指しつつ、そして自己だけでなく未来の幸福を確立する使命を担って、生きてるんだ。 …そう、俺は思ってる。」
「…それは、どこまで行っても、理想論だ、浮竹。
 人間は、愚かな生き物だぞ。悩み、迷い、妬みや憎悪や欲の感情を具え持っている。その感情を持った人間に、自由な生き方を尊重させれば、その愚かさの故に、他者を害することもある。
すべての人間が、お前の言うような、慈愛と献身の心を持って生きるなどと、出来るはずがなかろう。どこにでも、悪人と愚人はいる。どうしたって、犯罪も戦争も無くならぬ。それが世の中だ。」
「…ならば、どうする? 一国の…世の中の平安と秩序を保つには、どういう方法をとればいいと思う?」
 浮竹の問いかけに、白哉は間髪を入れずに、凛として答えた。
「強大な力での支配。それしかあるまい。人間は、畏怖によってしか、従わせることができぬ。そういった独裁制を、非人道的だと訴える者も居るが、絶対的権力による民衆の支配によって、世の中の平和と秩序が護られるなら、そうした全体主義思想を用いるしかないであろう?」
「全体主義か…。すべての民衆の個別性を許さず、思想を一つに統一させ、権力の監視下で民衆を支配するのか?」
「平和と秩序は、それで護られる。 違うか?」
「…いや。違わないよ。一国を一つの権力で統治する上では、その方法が最良であると思われる。 だが、そうした権力での統治国家は、一時は栄華を誇っても、長続きはしないだろう。
人間は、考える生き物だよ、白哉。自由を奪う圧政に反発し、立ち向かう者は必ず現われるだろう。人間は愚かだと考え、支配できると思った時点で、すでにその国の滅亡は始まっているんだ。
人間を、大多数の物として考えては、必ず間違う。民衆一人一人が、尊い、『生命の個』だと考えなければならないと思う。」
「…『個』…?」
「人間一人一人の個性と自由を奪うような全体主義では、真の平和は生まれない。歴史が、それを証明している。
一人一人に、光を当て、個性と可能性を養い、正しく自由な教育の流布で、平和な社会の実現を目指す。一人一人の民衆が、それを目指すんだ。限られた権力者が独断で民衆の運命を決めるのではない。」
「…すなわち、民衆を主体にした、民主主義政治が、平和を作る道だと?」
「そうだ。」
 白哉は一呼吸置いて、少し考えてから、ゆっくりと浮竹に語りだした。
「浮竹。プラトンの『国家』は、読んだな?お前の本棚にあった。」
「ああ、読んだよ。正義と悪、人間と国家のあり方について深く語られている。まさしく大著だな。」
「ならば知っているだろう?あの書では、理論的に民主主義を批判している。
 紀元前、民衆一人一人の自由を尊重したアテナイの民主政治は、プラトンの師であり、大哲人であるソクラテスを、裁判で死刑に追いやった。何故そんなことが起こったか? 平和に安穏とし、堕落して移ろいやすい人間の愚かな心が作った衆愚社会が、人間の善悪の判断を狂わせ、偉大な哲学者を悪人だと思い込ませたのだ。
人間の精神は、自由と平等な社会においては、揺れ動き、愚かになるものだ。そのことも、歴史が証明していよう?
 その揺れる民衆の心を放置してしまえば、安定して健全な民主政治など期待できぬ。エゴイズムが蔓延し、堕落した若者が増える。そんな衆愚社会を生み出すことは目に見えている。」
「確かに、そうだな。だからこそプラトンは、正しい制度の在り方としては、最後から二番目の、第四位に、民主制を位置づけている。 だが、白哉。その下に位置づけた、最悪とされた制度は何だった?」
「…僭主制だ。」
「そう。全体主義的思想を基調とした、僭主制だ。」
「…だから、私のほうが間違っていると言いたいのか?」
 睨むように浮竹を見つめながら言う白哉に、浮竹は困ったように微笑みながら言った。
「そうじゃないよ、白哉。真に平和と正義を目指すには、方法は色々ある。人間は長い歴史の中でそれを必死で追求してきたが、未だに確固たる方途は掴めていない。それは、最初に言ったように、人間の思いは一人一人違って、千差万別だからだ。お前にはお前なりの正義があり、俺には俺の理想と主張がある。それを否定し合い、反発してしまうから、戦争になるんだ。
…だから、理解し合うことが必要なんだよ。 語り合い、お互いの主張の中から、相互性と、調和を見いだすんだ。」
「…そんなことが、可能か?」
「今、俺とお前がやってるだろう? 不可能に思えるか?」
「……わからぬ。」
 半ば混乱しているような白哉に、浮竹はゆっくりと、諭すように言った。
作品名:B.PIRATES その1 作家名:おだぎり