ネオ・チネマ・パラディッソ 3
数人の客がしずかに行きかう汚れたロビーのソファに、オレとギルベルトはふたり並んで腰掛けて、ぼんやりしていた。
上映はとっくに終わってしまっているのに、さっきまで闇に浮かび上がった不思議な悲しい情景から抜け出せない。
「おうガキども、ちゃんと意味はわかったのか?」
声をかけてきたサディクにギルベルトがむっつりしたまま黙ってうなずく。オレも、「読めない字幕とか、むつかしいところもあったけど」と付け加えて、うなずいた。
「そうか…なんとはなしに、伝わるもんなんだな」
サディクが少しだけ頬をゆるめた。
「うん。…すげえ。」
囁くように言ったギルベルトの白い頬が、かすかに紅潮している。
それを横目で見ながら、オレは立ち上がった。
「あのさ、オレ、将来、映画のかんとくになる!んで、歌ってたああいうキレイなお姉さんとけっこんする!」
「…うー…。あー、そうか」
サディクがなにか言いたそうにして、困ったように首をひねる。その隣でギルベルトが小さく「俺も、」とつぶやいた。
「俺も、なる。映画監督」
「なんだよギルてめー真似すんなよな」
「真似じゃねぇし。てかお前機械ぜんぜんダメじゃん。監督とか無理」
「う…」
「それよりお前が歌えよ。上手いだろ。お前歌手になれよ」
ギルベルトの突拍子もない提案にオレは口をあんぐりあけた。しかし横からサディクも意気込んで口をはさんでくる。
「そりゃいいぜ!お前の歌、ガキのくせして素人離れしてるもんな」
「…な、そ、そりゃ、歌うのは好きだけど…」
風呂屋の客のおっさんたちに囃されて、小遣い目当てでよく歌ってみせたりはしているが、それとスクリーンの中のあのきれいな歌姫の歌とは、正直まったくイメージが繋がらない。
口ごもっていると、ギルベルトが小さく、はっきりと、言った。
「歌えよ、エリザ。俺、撮ってやるから」
* * *
思えばあの頃、まだ自分の性別すらはっきり自覚しきれてなかったあの頃から、わたしはギルベルトが、好きだったのだ。
彼のその一言で、本気になって歌を勉強し始めるくらいには。
作品名:ネオ・チネマ・パラディッソ 3 作家名:しおぷ