だいすきだいすき!
ばれんたいん
「みかどくん、ちょこちょうだい!」
ハッピーバレンタイン!と世間が騒がしいその日、らいじん幼稚園に一番のりをした臨也は、満面の笑みで帝人先生に手を差し出した。
「おはよう臨也君」
にっこりと微笑んで帝人先生、今まさに鞄から出そうと思っていたチロルチョコお得パックを再び鞄にしまいこむ。これはおやつの時間に全員に配ろうと用意したものなので、臨也に発見されるわけにはいかない。
「おはようみかどくん、ちょこちょうだい!」
臨也はあくまでも攻めの姿勢。手のひらもちょうだいのポーズのままだ。しかし帝人先生の用意したチョコはあくまでさくらぐみのためのチョコ。誰かにえこひいきはだめ絶対。
「えーっと、先生ばらぐみさんにあげるチョコは買ってないんですよ、ごめんなさい」
「それはいいよ!えこひいきはだめだからしかたないよね!でもおれはみかどくんのこいびとだから、こいびとにぷらいべーとであげるちょこならかまわないよね!」
「あはは恋人じゃないよね臨也君!」
「ふうふだっていいたいの?まあきみをおくさんとよぶことについていぎはないけど、やっぱりおれのねんれいがすこしわずらわしいよね、ほうりつてきに」
「そうじゃなくて!そもそも・・・!」
ここで帝人先生、はたと気づいた。この押し問答は何度か経験しているということを。そしてそのたびなんだかんだ言いつつも押し切られて終わっていることにも。
「・・・そもそも?」
首を傾げる子供に向かって、帝人先生はいいですか、と慎重に言葉を選びつつ。
「えっとですね、先生は、臨也君の恋人ではありません」
「なんで?おれのこときらいなの?」
「・・・きらいじゃないですけど、」
「じゃあすきなんでしょ」
「恋人に思うような好きではありません」
「わかった、あいしてるんだね」
「臨也君、お願いだから会話して」
きょとんと見上げる天使のような愛らしい顔に、強く言い切れない自分が憎い。そんなことを思いつつあのね、と帝人先生が続けようとしたところに、臨也は「わかった」と。
「そういえばちゃんと、おつきあいしてくださいっていってなかったね、おれ」
「そういう問題でもないんだけどな!」
「だいじょうぶ、あいしあうふたりにはこうのとりがこどもをはこんでくれるし、けっこんはあめりかにいけばできるってなみえがおしえてくれたし、おれとみかどくんのねんれいはじゅーごしかちがわないよ!」
きらっきらのお目目でそんなことを言う臨也。だめだ、これはだめだ、と帝人先生は息をのんだ。この幼稚園児ドリームを壊すことは、保父さんである帝人先生には許されない!とくにこうのとりは!
ということはどうすればいいのか。
「さあきみはかくごしておれにほんめいちょこをわたせばいいよ!」
「何の覚悟!?っていうか、駄目です!先生は男で臨也君も男だから、こうのとりさんも赤ちゃんは運んできてくれないし、僕は日本から出るつもりはないので結婚もできませんし、十五歳も年齢が違うのは大問題です!」
「わかった、じゃあきゃべつばたけであかちゃんさがそうね!」
ええー?
「にほんではけっこんできないから、そういうときはようしえんぐみすればいいんだってなみえいってた!みかどくんおれのむすこになればいいよ!」
どこから突っ込めばいいんだ!
「それに、じゅうごにはぜろがっこもついてないから、みかどくんがきにするほどのさじゃないよ!」
だめだこの子早く何とかしないと!
あまりのことに言葉を失って凍りついた帝人先生に、臨也は満面の笑みを浮かべたまま、ちょこ!ともう一度元気におねだりをした。
ここでチョコをあげたら、帝人先生の先の人生がよくわからない事態に巻き込まれるような気がする。それは避けなくては。
「あの、ですね、臨也君」
言葉を考えつつ、ゆっくりと息を吐き出した帝人先生に、臨也は「もしかして、」と。
「・・・みかどくんってば、おれにちょこよういしてないの?」
何を今更。
だから最初からさくらぐみさんの分しか無い、と言っているのに。
「ありません」
ここで言葉を濁してはいけない、と帝人先生は強く言い切った。
「臨也君はばらぐみさんなので、正臣先生にもらってください」
「・・・きだくんになんかもらったっていみがないよ」
「先生はえこ贔屓はできませんよ」
「まじめなのはみかどくんのちょうしょだよ。でもこいびとにはもうすこしゆーずーをきかせるものだよ」
しゅーん、と一気に項垂れた臨也が、あまりにも悲しそうなので、帝人先生はうっと言葉に詰まった。だがしかし、ここで妥協してはいけない。臨也には悪いが、ここらできちんと現実を教えなくては。
いいですか、と帝人先生は臨也に目線を合わせるようにしゃがみこんだ。と、そのとき。
「しょうがないからことしはこれでがまんしてあげるね」
と、いう言葉と共に。
ちゅ。
幼稚園児の小さな唇が、帝人先生のおでこに当たって。
「・・・うばっちゃった!ほっぺのつぎはおでこ!おでこのつぎはまぶた!まぶたのつぎはおはなで、さいごにおくちのちゅーなの!」
臨也何でも知ってるんだよえらいでしょ!と胸を張る得意げな幼稚園児に。
もしかしてこのままお口のちゅーまで奪われるさだめなんでしょうか、と帝人先生は乾いた笑いを漏らすのだった。
「あ・・・あはははは・・・はあ」
「ためいきをつくとしあわせがにげるんだよ?」
「誰のせいですか」
「だいじょうぶ、おれがしあわせをほじゅうしてあげるね!はい、ぎゅーっ」