だいすきだいすき!
せんそーこんび!
「しずちゃんなんかしねえええええ!」
「るっせえ!おまえこそころすころすころすぶっころぉおおす!!」
どんがらがっしゃーん!
すさまじい音を立てて何かがぶつかり合う音が響く。
らいじん幼稚園職員室で仲良くお茶を飲んでいた帝人先生と杏里先生は、その音を耳にして同時にため息をついた。
「・・・また、ですか」
「またあの二人は・・・」
お昼寝前の空き時間は、セルティ園長と正臣先生がお遊戯室の面倒を見てくれている。いろんな組の子供達がごっちゃになるその時間帯は、喧嘩最多発生率を誇るのだが。そのなかでもダントツに、ききょうぐみの平和島静雄とばらぐみの折原臨也は、とても仲が悪かった。
険悪極まりない程に。
「ああもう、今日こそ平和なお昼だと思ったのに!」
がたんと席を立つ帝人先生。
「こればっかりはどうしようもないですね」
同じく席を立つ杏里先生。というのも、杏里が静雄の属するききょうぐみの担任だからであり、また臨也が帝人先生の言うことしか聞かないからである。
急いでエプロンを身につけて、ガラリと職員室の扉を開け放ち、帝人先生は叫んだ。
「ふたりともっ!いい加減にしなさーいっ!」
帝人先生は怒ったら怖い、という事実を知っている臨也と静雄は、その一声でぴたりと動きを止める。
仲裁に入るつもりで思いっきり積み木の入った籠を投げつけられていた正臣先生も一安心である。そして始まるお説教タイムなのだった。
「全くもう!目が合えば喧嘩!声が聞こえれば喧嘩!気配がすれば喧嘩!ふたりともどうしてそんなに喧嘩ばっかりするんですか!」
「喧嘩は、よくないと思います」
お怒りモードの帝人先生、無言プレッシャーの杏里先生に睨まれて、非常に不服そうにしつつも、静雄と臨也はごめんなさい、と小さな声で謝った。
二人とも、喧嘩は良くない、という自覚はあるらしい。
「で。今回は何が原因なんですか?」
尋ねる帝人先生に向かって、臨也がはいっと手を上げた。
「しずちゃんがわるい!」
「なんでだよ!」
「しずちゃんがおれのつくってたつみきくずしたんだもん!そういうのこうきょーぶつはそんっていうんだ!なみえがいってた!」
「しらねーよ!だいたいちゃんとあやまったじゃねーか!」
「ごめんですむならけーさつはいらないし!だいたいあれはただのつみきじゃなかったの!しょうらいのゆめのしゅくず、おれとみかどくんのまいほーむけいかくが…」
「あんなちいさないえにひとはすめねーよ!」
「みっ・・・みにちゅあだもん!すめないのなんてしってるよばーか!」
「ばかっていったほうがばかなんだぞばーか!」
「おれはばかじゃないもん!いざやってかんじでかけるもん!しずちゃんはしずおってかんじでかけないでしょ!?おれのほうがあたまいいもん!」
「とむさんは、べんきょうができることとあたまがいいってことはべつのもんだいだっていった!とむさんうそつかない!だからおまえはあたまよくない!」
「なんだよとむさんとむさんって!がいじんか!」
「るっせーとむさんわるくいうな!あとがいじんじゃねーたなかとむだからにほんじんだ!」
「おれとむさんみたことあるけど、あんなうまいぼうみたいなかみのけのひとにほんじんじゃないとおもう!ぜったいがいじんだ!」
「がいじんじゃねーよてめえまじぶっころすぞこらぁ!」
がるるるる!と静雄が唸った当たりで、杏里先生が無言のまま静雄を抱きしめてぽんぽんとなだめる。静雄は普段とても良い子なのだけれども、いかんせんとても短気でキレやすいので、らいじん幼稚園で喧嘩してはいけない相手NO1なのである。
その静雄に毎回毎回喧嘩を挑む臨也は、フォーク(お子様用くまさん付き)を隠し持って武器として使用する。あぶないので買い与えないでくださいと波江になんども頼んでいるのだけれども、「男は多少喧嘩した方がいいのよ」と全く聞き入れられないのだった。
「こら、臨也君言い過ぎです」
普段よりも低音で帝人先生が諌めると、むぐ、と口を閉じて臨也はふてくされつつ頬をふくらませた。
「言っていいことと悪いことがありますよ、トムさんの髪型はうまい棒じゃなくてドレッドヘアっていうんです」
「ちょ、帝人そこかよ!」
「え?そこ大事だよね?」
真顔で訂正を入れるポイントが間違っている。正臣先生のツッコミにどこが悪いのかわからないという顔をする帝人先生である。
そして怒られた臨也はといえば、そっかあと素直に頷いて「どれっど、どれっど」と呪文のように復唱し、覚えようとしている。いやだから、そこがポイントじゃないからね?と正臣先生ちょっと引きつってしまう。
帝人じゃ駄目だ、頼む杏里!と願いをかけて杏里先生を振り返れば。
「臨也君の積み木を、静雄君が崩したんですか?」
こちらは真顔でしっかりと静雄を見据えて訪ねている。グッジョブ杏里さすがだ杏里。
「・・・あいつ、つみきひとりでぜんぶつかうから、やめろっていったのにきかねーし」
「臨也君が、積み木を独り占めしたんですか?」
「だからいざやがわるい」
「・・・そうですか」
しみじみとうなづいて杏里先生、くるりと振り返り。
「臨也君が悪いと思いおます」
きっぱりとそう告げれば、臨也はえーっ!と声をあげる。
「おれだってかしてってすなおにいうならかしてあげないこともなかったのに!」
「うそつけ!おまえおれがかせよっていったらどげざしたらかしてあげるとかいったじゃねーか!」
「おちゃめなじょうだんだよ!やめてよねみかどくんのまえでそんなおれがごくあくにんみたいないいかたするの!」
「じじつだからしょうがねーだろ!ああああもうやっぱりころす!」
「そのまえにおれがころす!」
「しねえ!みのむし!」
「みのむし!?え?おれみのむし!?みかどくんみのむしすき!?」
「のみむしだった!ああもうどっちでもいい、とにかくしねー!」
ぎゃーす!とほえた静雄が木製のおもちゃ箱を振りかぶる!
一歩飛び退いた臨也がくまさんフォークをちゃきっと構える!
これから巻き起こる大乱闘に逃げ惑う園児!おろおろするセルティ園長!そんな園長に抱きつく新羅!そして「わーっあぶねえ!」と叫びながら周囲から園児たちを救出する正臣先生!
まさに阿鼻叫喚の教室に、その時、鶴の一声が落ちた。
「・・・君たちはそんなに、「私」を怒らせたいんですか?」
でた!これぞ伝説の「帝人先生の怒りボルテージMAX」だ!
ぴたっ。
と動きを止めた臨也と静雄が、恐る恐る帝人先生をあおぎみると、帝人先生は絶対零度の微笑みでボールペンを構える。
「喧嘩やめますか?人間、やめますか?」
「「ごめんなさい」」
今日の教訓:帝人先生、超強い。