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白い順列

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(なんで、志摩子さんを思い出すんだろ……)
「順列の組み合わせはこのように、階乗で表されます。それで、その中から2つだけを並べたい場合はこのように右側を2として……」
 黒板には、やたらと桁の大きな数字が並んでいる。
 授業を続ける先生の声が、右耳から左耳に通り過ぎていく。
「二条さん」
「は、はいっ!?」
「今二年生と一年生が二四〇人ずついるとします。その中から、無作為に一年生と二年生から一人ずつを選ぶパターンは、何通り考えられますか? 」
「ええっと……すみません、分かりません」
「これは中学でもやっていると思います。二四〇×二四〇で五七六〇〇ですね。つまり、あなたが本当に素敵なお姉さまとめぐり合えているというのは、それだけ貴重な巡り合わせなんですよ」
 ……五七六〇〇。その数字は、ただ数えるにはとても大きくて。改めて、自分の幸せを実感した。
「さあ、座ってください。続きをやりましょう」
 貴重な巡り合わせ、か。

  *

「この時、物体の位置はxイコール二分の一atの二乗で表されますが、実際には摩擦が加わるので……」
 人形と志摩子さんのイメージは、もはや完全に結びついている。
 だけど、それはイコールの関係ではない。似ているっていうことではないのだ。
 顔形は、今思い出してみると、人形のほうが幾分親しみやすい感じ。石像みたいに彫りが深い聖さまほどではないけれど、志摩子さんも割と芸術品系な顔立ちだった。そんな系があるのか知らないけれど。たぶん、人形が最初やけに近寄りがたく見えたのは、その白さのせいだろう。
 白くて、近寄りづらい……?
 乃梨子と出会ったころの志摩子さん、というのは少しそういうところのある人だった。儚げで、手を離したら消えてしまいそうな脆さを持っていた。そんな志摩子さんの手を握りつづけていられる乃梨子自身は、実に幸運なんだと思う。山百合会の面々も、彼女の存在を支えてくれている。だから、志摩子さんは本来の安らかさを取り戻していられるのだろう。
 さっきの数学の時間じゃないけれど、世の中は、案外うまく巡り合わさるようにできているのかもしれない。誰しも、欠けている部分があって、補い合って。そういう相手を見つけることで、人は幸せになっていくんだろう。
 ……思考が逸れた。でも、あの人形を見ていても、消えてしまいそうな感じはしなかった。寂しげには違いないんだけど、それは一種の安寧であって。なんていうのか、日影で眠る猫の寂しさ、に近い感じ。
 よくわからなくなってきた……。
 思考を一旦やめて、授業に戻ることにした。
「それでは、まずはμを0として計算してみてください」
 黒板と照らし合わせて、今教科書のどのあたりにいるのかを認識する。等加速度運動、と書かれた問題のところだ。
「本当は摩擦係数は0にならないんだけどね、その方が計算が楽だと思いますから」
 一種の理想状態、なんだろう。現実にはありえない世界。
 ふと、今朝のマリア像の前に佇む志摩子さんの姿を思い出した。あの時の彼女は、いつにも増して輝いてるみたいで……あ、思い出しただけなのに少し頬が火照ってきた。
 忘れよう、物理物理。
「摩擦係数が完全に0、ってのはないですけど、氷の上なんかはそれに近いですねえ」
 確かに、氷の上というのは非常に理想的でありかつ幻想的な環境かもしれない。そんなことを頭の片隅に追いやって、アルファベットと数字の式を解く作業に集中することにした。



 今日からは、試験期間なので山百合会の活動はお休み。お姉さまと一緒にいられる時間が短くなるのは、普段の乃梨子なら嫌がるところだけれど、今日に限っては少しだけありがたかった。志摩子さんの顔を見ていても、何だか頭が余計混乱しそうだったから。
 放課後、帰宅部のラッシュにぶつかるのにも構わず、真っ直ぐにM駅に向かうバスに乗り込んだ。この時点では、まだ寄り道をする気はあまりなかったはず。
 いくら人形が気になるとは言っても、気になるだけであって、必ずしも買いたいわけではないのだ。今行ってどうにかなるという話でもない。乃梨子の中の論理的な部分は、そう結論づけていた。そして、乃梨子自身もその選択に従おうと思っていた。
 問題は、M駅でバスを降りてからだった。歩いて帰るべきところを、なぜだか切符を買って、ふらふらと改札に入ってしまっていた。
 ようやく我に返ったのは、発車待ちをしている電車の中。
 乃梨子は無意識にため息をついていた。なんで、私はこんなことをしているんだろう。
 いろいろ考えた結果として人形を買おうと思ったら、買えるだけの金額は財布に用意してきていた。
 だけど、ハッキリとそう考えたわけではないのに買いに行く、というのは何か違う気がする。かといって買わないでまたただ見に行って帰ってきたいのか……それは自分でも良く分からなかった。
 ただ、行けば何か乃梨子自身の中で呪いが解けるみたいなことが起きやしないかと期待しているのかもしれない。
 元々何が原因で悩んでるのか分からないのだから、行動が手探りになってしまうのはある程度仕方ないけれど。それにしても、他力本願気味だな、と思った。
 N駅を出て、アーケードの中を歩く。
 昨日より一段と冷え込んでいる。街行く人々の格好も随分と冬めいてきて、昨日と同じ場所でも何か違うところみたいに感じられた。
 そして、不思議なビルの最上階に向かって、逸る気持ちを抑えながら、一段ずつ階段を上っていく。一番上に着いてから、昨日の店の名前も場所も思い出せないことに気がついた。
 階段の近くにあるフロアマップにも、それらしい名前はない。まあ、昨日来たとおりに、古本屋さん跡の前からスタートして、同じように歩けば何とかなるだろう。
 昨日歩いたコースを、記憶で辿る。古本屋の前から左を向いて。真っ直ぐ行くと、昨日見かけたコスプレ屋さんの前に出る。
 確かこのあたりで一度左に折れた。それで、少し歩いたところにあのお店があったんだけど。
 そこにある玩具屋は、昨日の店とは全然違うものだった。表のショーケースに飾られているのは、昔のお菓子のおまけについてきたような怪獣達だし、店の前では小学生ぐらいの男の子達がヨーヨーで熱くなっている。
 もう少し奥だったのかな。
 少年達の邪魔をしないように通り抜けて、その先を目指すことにした。だけど、道は少し歩いたところで突き当たりになってしまった。左右に続く道のどちらにも、見覚えはなかった。
 まさか、ビルの中で道に迷うとは思わなかった。だが、考えてみれば建造物の中というのは、方向感覚が掴めない分、かえって迷いやすいのかもしれない。
 そういえば、乃梨子は滅多に道に迷ったことがない。よく分からないところに行くときは、ある程度事前に情報を得てからにしている。だから、完全に迷った状態には慣れていないわけで。
 ええっと、こういうときは確か。そう、左手か右手を壁につけて歩くんだ。昨日の記憶を辿ってみても、古本屋の前を出てから、右に曲がった覚えはないから……左手、かな。
作品名:白い順列 作家名:河瀬羽槻