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白い順列

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 左に曲がってから、しばらく真っ直ぐ進む。最上階だと人が来づらいのか、奥に行くほどシャッターや倉庫の占める割合が多くなってくる。寂しい感じになったところで、道なりに左に折れる。階段の前を通り過ぎ、もう一度左へ九十度。
 見覚えのある景色が出てきたことを喜ぶべきか悲しむべきか。そこは、最初の古本屋さんのある道だった。
 どうやら一周してきてしまったらしい。よし、今度は右手だ。
 ヨーヨー少年達のところまで行って、今度はさっきの突き当たりを右に折れる。こちら側は、あまり寂れてはいない。その代わりに、なんだか個性の強いお店が多くなってくる。何十年やってるんだろう、みたいな喫茶店があるかと思えば、その隣には店の前になぜかチェス盤と双六を足して2で割ったようなボードゲームが置いてあったりもする。
 だけど、昨日のお店は一向に現れなかった。それに、こんなところを通った覚えはない。
 右に道が現れたので、そちらに折れて。すぐに突き当たってまた右に折れ。最初にいた古本屋さんの通りに戻ってきてしまった。
(私、なんか見落としたのかなあ)
 また最初の玩具屋の前を通る。そろそろ男の子達に怪しまれるかもしれないけれど、そんなことは今はどうでも良かった。
 今度は、もう一度左手で行ってみよう。何か見落としていたのかもしれない。
 だが、左右に現れる景色の中に昨日の店はなくって。
 ひょっとしてあれは幻だったのかな、なんて妙なことまで考え始めた矢先のことだった。
 階段の脇にある地図が目に留まって、ようやく、乃梨子は自分のミスに気がついた。
 この階の道は、漢字の「目」の形になっていたのだ。そして、古本屋は左の縦画の一番上あたりにある。だから、さっきの玩具屋は、上から二本目の横画部分ということになる。
 ……従って。そこから左手でも右手でも壁につけている限り、一番下の横画には辿り着けないのだ。
 ちなみに、左手・右手を壁につけているべきなのは、壁にスタートとゴールがあるタイプの迷路である。
 種が分かってしまえば、あとは簡単だ。
 古本屋の前からずっと直進して、突き当たりを道通りに左に曲がれば。
 昨日のお店は、ちゃんとそこに存在していた。
「いらっしゃいませ……あら」
 挨拶をしてきたのは、昨日と同じ店員さんだ。
「こんなに早く来てくれるとは思わなかったわ」
 昨日の乃梨子は、もう来ることなんかないと思っていたけれど、あっさりとその予想は覆されたのだった。
 笑顔で出迎えてもらえると、嬉しいは嬉しいんだけども、なぜだか少しだけ後ろめたい気分になる。必ずしも、何かを買いに来たわけではないからだろうか。
「何だか、気になってしまって」
「あ、あの白い子ね?」
 友達のことを話すみたいな口振りで、彼女は喋り始めた。
「可愛かったでしょう?」
「ええ……それは、まあ」
 可愛いから、というだけではないんだけど。自分でも上手く説明できないのでやめた。
「もう、他のお客様が買って行かれたんですよね……」
「え……」
 予想していなかった。人形を前にしてどうするか考えてはいなかったけれど、人形自体ともう会えなくなっているというのは、そもそも想像力の範囲外だった。
 だけど、売り物なんだから……当たり前といえば当たり前だ。
「ごめんなさいね」
「いえ、大丈夫です」
「そう……何か、ショックを受けているみたいだったから」
 ただの客にすぎない乃梨子を、ここまで心配してくれる。そんな彼女を見ていると、なんだか、つい他人であることを忘れてしまって。
「あの人形を見ていると……なぜだか、私のお姉さまを思い出すんですよね」
「……雰囲気で分かるのかしら?」
「は?」
 聞き返したのは、乃梨子の方だった。
「私もリリアンの卒業生なのよ」
「えっ……奇遇ですね」
 そりゃあ、地域的には近いからいることに不思議はないけれど。
「ふふ、じゃあ無意識に使っていたのね」
「ええっと、何を仰られているのかよく分からないのですが」
「さっき、私のお姉さま、って言っていたでしょう?普通、外部の人に使う言葉ではあまりないと思うわ」
 言われてみて初めて気づいた。いつの間にか、乃梨子もそれだけリリアンに馴染んでいたということだろうか。
「確かに……慣れ、ってすごいですね」
「さてはリリアン歴、長いでしょう?」
「いえ、高等部からなんです」
「じゃあ、そのお姉さまのことが大好きなのね?」
「な……そうです、けど」
 的確に言い当てられて、頬が熱くなってくる。
 確かに、志摩子さんがいなければ、おそらく私は入学当初のまま、この学校に溶け込むこともなかっただろう。
「ふふ、照れちゃってるわね。悪いこと言ったかな?」
「本当のことですから」
 それだけは、断言できた。
「なるほど、そのお姉さまは……あんな風に可愛いの?」
「姿かたちが似ているっていうことじゃないんです……かといって佇まいが似ている、というのとも少し違って、ああもちろんお姉さまが可愛くないって意味じゃなくて、なんていうか……ただ、思い出すんですよね」
「よく分からないけれど……きっと、何かの巡り合わせよ」
「……巡り合わせ、ですか」
「そう。ただの偶然で片付けちゃいけない何かが、あなたのお姉さまとそのお人形の間に、きっとあるんじゃないかしら」
「そんなことって……あるんですかね?」
 なんていうか、言いたいことは分かるけれどどうにも非科学的だ。
「あるわよ。その証拠に、私と貴方が今ここでお話しているでしょう?」
「それも、巡り合わせなんですか?」
「そう。だから、貴方のお姉さまにこのことを話してあげなさい。そうすれば、巡り合わせの輪はきっと広がるから」
「分かりました」
 正直、彼女の言っていることに必ずしも納得できたかといえば答えは「ノー」だ。だけど、志摩子さんに話してみないことには、気持ちのもやが晴れなそうだというのは間違いなかった。
「あ、そういえば」
 これが乃梨子と店員さんの巡り合わせだというなら、もうひとつそこには巡り合わせがあるはずで。
「あの人形なら、お爺さんと小さい女の子が買っていったわよ」
「私、ひょっとして考えてること顔に出る方なんですか?」
 まさか、自覚がないうちに祐巳さまが移った?
「そうでもないと思うけれど……きっと、私たち考え方が似ているんじゃないかしら?」
 そういう店員さんは、なんだか少しだけ超然として見えた。乃梨子の気持ちを読むスキルといい……。
「いいえ……むしろ、私のお姉さまに似てます」
「ふふ、ありがとう。ほめ言葉よね?」
「もちろんです」



 明けて火曜日。
今日は、なんだかすっきりと朝を迎えることができた。寒いんだけど、かえって背筋がピンと張るような気持ちになる。
普段より心持ち速く、姿勢を正して。なんだか、お嬢様というより軍人さんみたいになっている気がするけれど、気分が良いのでそのままで。
たまには、良いことは重なるもので。M駅のバス乗り場で、駅の方から見慣れた姿がやってきた。
嬉しさのあまり、大きな声が出てしまう。
「おはようございます、お姉さま」
「ごきげんよう、今日は元気ね」
「ごめんなさい、嬉しかったのでつい」
作品名:白い順列 作家名:河瀬羽槻