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短編にする程でもない断片色々

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記憶




最近、物忘れが激しくって、
そう言って菊さんは、微笑んだ。綺麗に切りそろえられた黒髪が揺れ、苦笑するように細められた瞳が何を思っているのか読み取ることができない。ついこの間まで、身近に見ることのなかったアジア人独特の肌の色。大昔、交易をしていた王の所のやつが多少顔を出すぐらいで、初めて会ったときはなんと表現すれば良いのか言葉すら思い浮かばず、ただ妙なもんだ、と思ったのを覚えている。ハレムの宦官をさせていた黒人とも、オダリスクたちの透き通るように明るい色とも、自国の人間とも違う肌の色。妙なもんだ。この「日本」という小さな島国の男は、みなこんな頼りのない細腰に、女のような骨をしているのか、とも思ったもんだが、どうもそれは違うらしい。確かに欧米連中らと比べりゃ小粒だが、しかしこの人は特別だ。さほど日の下に出ませんから、と涼しく微笑む顔はいつも病的に白い。そして菊さんの心もとなさは日に日に強くなっていくばかりだ。

最近、物忘れが激しくって、
わたし自身は何もしていないし、何も覚えていないのですが、他の方から昔の話をされても何も言えないのです。いえ、もちろん何をしたのかはきちんと覚えていますよ。だけど、体が覚えていないのです。暗記したようなデータをきちんと覚えているだけで、なんというか、中身がないんです。

だからもう、あなたが好いてくださっているようなわたしではないんです。
できればもう何もしたくない。わたしは長く生き過ぎました。

そう言って微笑んだ菊さんは、またその笑みや意識、記憶すらも閉じるように自分の世界へと沈んでいった。