兄さまひっし
「・・・・・・お兄さま? 」
にわかに見慣れた顔がこちらを覗き込み、スイスは我に返った。
並んで歩く妹が大事そうに抱えているのは新品の飼育日誌。そして自分は、結構な重量の飼料袋を乗せた台車を押している・・・・・・ 時は放課後、自分たちはヤギたちの世話をしに農場へと向かっているところだった。
心配そうな眼差しを向けるリヒテンシュタインに何でもない と返し、先を急ぐ― と。
ふと、もしやあやつら既に腹を空かせて鳴いているのではないか? という考えが頭をよぎり、自然に足が急いてしまう。
・・・・・・そして数メートルほど進んだところで、そんな自分の有様に気付いて顔をしかめた。
もし今回の進行役が“奴”ではなく別の人物で、その進め方によって生き物の飼育に手馴れていない者が選出されていたのならばヤギたちは・・・・・・取り返しのつかぬ事態にまでは至らなくとも、快適に過ごすことは難しかったかもしれない―
そう思い至ると、無意識に『昔』を思い起こすような感情が起こり、スイスは慌てて頭を振りそれを追いだした。
『・・・・・・認めたくはないが・・・・・あやつの判断もあながち、的外れではなかったのやもしれぬ』