エンジュの中心で愛を叫ぶ。
「ホウオウ・・・・・・っ!! 」
伸ばしたはずの手は見覚えのある天井に向かい、虚しく空を掴んでいた。
開いた天窓からは朝の澄んだ空気が流れ込み、紅く染まった木の葉を伴って彼の枕元に舞い降りてくる。
額には汗が滲み、呼吸さえ未だ苦しさの余韻を残したまま。
彼は床に就いた仰向けの態勢のままで大きな息をつき、やおら手の甲を眉間に押し当てた。
「―これで何回目だよ、畜生・・・・・・! 」
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「マツバ! 」
足早に木枯らしが吹き始め、徐々にではあるが寒さを覚え始めたこの時分。
己のトレードマークであるマフラーがようやく映える頃になったと思いながら、マツバは毎朝の日課をこなすべく外出したところだった。
聞き慣れた声に顔を上げると、自分の進む道の先に薄墨色の髪の青年が立っているのが見える。片手を軽く上げた彼は、ゆっくりとこちらに歩み寄って来た。
一応はホウエン地方に当たるトクサネシティに居を構えているものの、大抵は全国各地を転々としているこの友人は自分とは境遇がまるで正反対だ。
先祖代々この町に定住し、重要文化財であるスズの塔を守り続けることを生業とする、己の一族とは。
「今日も道場で鍛錬か? 流石、ジムリーダーは大変だな」
「そういうお前は相変わらず今日もフラフラしてるのか、『大誤算』」
だからその名前で呼ぶなよ とお決まりの応酬が成されるが、彼は全く気を害してはいない。それを分かっているからこその、お互いにおける挨拶のようなものだった。
出会いは偶然だった。
幼少の頃、両親の都合によりこの町を訪れたダイゴが気まぐれに道場を覗いた際、毎朝の日課をこなしていたマツバとかち合いバトルと洒落込んだのがきっかけなのだが
以来意気投合し交流を重ねるうちに、気がつけば幾年もの歳月が流れていた。
かつては少年で、一族においてもまだまだ見習いだったマツバは立派に成長し、若くしてジムリーダーに任命されるほどの腕前となった。
そんな彼の精進を祝うダイゴは独立後もやはり放浪染みた生活を続けていたが、マツバはこの友人が
星の数ほど存在するトレーナーの中でも『光る何か』を持っていることを出会った当初から感じていた―同時に、お互いに腕を磨き合える相手であろうことも。
「今週いっぱいはここに滞在しようと思ってね。君の顔もしばらく見てないことだし、久々の休暇だよ」
「休暇、ねぇ・・・・・・俺から見ればお前は、万年トラベラーにしか見えないけどな」
これは皮肉ではなく、本音だった。
自分は、気の遠くなるほど昔からこの地に根ざし、またこの先もそう在って然るべき一族のひとり。
町の住民からも一目置かれ、代々に渡り一国における遺産を守ってきた誇りはこの身に刻んでいる・・・・・・それでもやはり、多少窮屈に感じてしまうのは己の若さ、また未熟さのせいだろうか。
「別に年がら年中、ここに張り付いてなくたって良いんじゃないか?
ジムリーダーにも塔守にも、休息は必要だ」
歴史を感じる石畳を並んで歩きながら言葉を交わす。
この地にのみ群生する特種な広葉樹が、常に身に纏っている紅い葉を2人の頭上に散らした。
作品名:エンジュの中心で愛を叫ぶ。 作家名:イヒ