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鬼哭

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「わかるんだよ。……あんたは認めねえかもしれねえが。俺とあんたの思いは同じだ、西軍に入れさせてもらうぜ」
 そのひと言に少しだけ眼を瞠った三成は、一瞬後には既にその驚きをかき消していた。だが、膚を突き刺すほどの敵意もまた少しだけ薄めた双眸で元親を見据える。そして間をあけた後に、吐き捨てるように言った。
「貴様の、好きにしろ。……だが、一度誓ったからには私を裏切るな…!」
 裏切りは二度と許すまい。自分も、この男も。元親は静かに答えた。
「ああ、約束する。あんたを怒らせるような真似はしねえ」
「絶対だな……!」
 繰り返し誓いを求める凶王の姿は、どこか頑是ない子供のようにも思えた。恐怖の権化と噂される凶王と、この眼で見たその男との差に、元親は思わず微笑んでしまった。
「絶対だ」
 言いながら元親は、笑みを浮かべるのが本当に久々であることに気付いた。


 その後改めて同盟の成立を宣言するため大阪城内に招かれ、一通りの形式ばったやり取りが終わった末に、元親は別室で凶王と対峙した。
 その席で三成は問い掛けたのだ。
 私は秀吉様を奪われた。貴様が奪われたものは、何だ。
 私と同じ思いとは何なのだ。
 問われて、心の内が荒れ狂うのを強引に捩じ伏せながら、元親は語った。海から帰った末に眼にしたものを。
「……それが、貴様の慟哭か」
 元親が頷き、場には沈黙が落ちる。
 だがその重い静寂を、不意に暗い笑い声が破った。凶王が、笑っていた。
 俯いて表情を隠し、くつくつと喉の奥を鳴らすようにして、身を震わせて笑う三成に、元親はさすがに気味の悪さと苛立ちを覚えた。ただでさえ抉れた傷を開いて見せたばかりだ、笑われて黙っている気分ではない。
「何を笑ってやがる……」
 恫喝の声音で睨んだ鬼を、顔をあげた三成の眼が射抜いた。
 その双眸の輝きの意味がわからずに、ただただその異様な光に呑まれた元親など気にかけず、三成は禍々しい狂喜の声をあげた。
「それほどまでに!貴様は、もはや取り繕いもしないのか!綺麗事を嘯くことには飽きたのか!?家康……家康………!はは……!」
 元親は絶句してその爛々と輝く眼を見つめる。
「ああ、ああ!貴様もようやくわかったのだな!貴様の言葉など所詮すべては偽りの妄言だったのだ!殺すな殺すなと私に散々喚いた貴様がとうとうそこまで落ちてみせたか!いや――違うな、違う、元々だったのだ、家康、そうだろう、それが貴様の本性だ……!」
「おい、あんた!」
 異様な昂奮状態に、焦った元親が思わずその肩に手をかける。落ちつけ、と伝えようとした手を振り払い、三成は哄笑した。
 元親はそこで戦慄してもよかった、この同盟は間違いであったと振り捨ててもよかった。
 それを出来なかったのは、やはりこの男の眼が真っ直ぐに、心の内を曝け出していたからだ。
 ―――笑ってんのに、それは何だ、何でそんな眼をしてんだよ、あんた。
 複雑に捩じれ曲がった心を垣間見て、元親は堪らずにもう一度その肩を掴む。
「おい!落ち着けって」
「……やれ、騒々しいものよ」
 突然に、第三者の声が響いた。その途端ぴたりと三成の哄笑が止まる。
 三成の薄い肩を掴んだまま振り返った元親は、入口の傍で輿に乗ったままこちらを悠々と眺める男の姿を捉えた。
「刑部」
 呼んだ三成が、するりと元親から身を離してその男の元へ向かう。宙に浮いた手を持て余した元親が、突然静けさを取り戻した三成を微妙な顔で見つめているのに気付いてか、大谷は宥めるように眼で弧を描いて元親へ言った。
「すまなんだなァ、長曾我部殿。
 サテ同盟の申し出、正式に承った。これでぬしと我らとは一心同体、今後は互いに助け合うてゆこうぞ、……なぁ」
「いや、そりゃこっちが申し出たことだからありがてえけどよ、その、……そいつ大丈夫か?」
 大谷はそこに奇異や嫌悪の眼差しがあれば、すぐさま追い出した上で何か誤魔化しの手を打たねばならぬかと思っていた。だが、見返した先の鬼はやけに気がかりそうな眼を三成へ向けている。大谷はそれにほう、と密かに感心した。
 あれほどに打ちのめされてなお、そんな眼を他へ向ける余裕があろうとはなぁ。
 大谷は健やかなる者を好まない。これはつまらぬ、と内心で嘲ってから、ゆるりと手を振った。
「何、ぬしが気にかけることでもない。ぬしにも理解はできよう?時に激情は堰を切り溢れ零れて滴り落ちる……」
「刑部。あの男がまた罪に罪を上塗りした、それがわかれば充分だ」
 もはや先程の乱れなどまったく残さない男が、鋭い眼で大谷を見据える。
「おお、無駄口はヨクナイ。そうであったな。では一旦失礼するが、ぬしはしばし軍を休めるが良い」
 誰ぞ、歓待の用意を。そう言いながら進む大谷の背を追うように思えた三成が、ふと足を止めて室内に残る元親を振り返った。冷えた視線に思わず身構えた元親をしばらく眺めた後、凶王は呟くように言った。
「……どれだけ奪えば気が済むのだろうな、あの男は」
 三成が示したそれは確かに、わが身と元親を並べた上での共感だった。
 それがどれほど稀有なものか、元親には知りようもない。
「長曾我部、貴様のそれを認めてやる。………家康を殺すのは私だがな」
 静かに言い放ち、元親が言葉を返すのも待たず踵を返した男が遠ざかっていく足音を聞きながら、元親は室内に立ち尽くした。凶王の気性など知らないに等しい元親も、わずかに自分が許容されたらしいことだけはわかった。
 そして、嵐のように過ぎ去った男の狂乱を思い出す。
 ――泣くのかと思ったのだ。
 あの捩じれて揺らいだ眼が気にかかってしょうがない。元親は無造作に頭を掻き回し、はあ、と溜息をついた。
「何つうかな。あれ、放っとけねえなあ……」
 


 その後、顔を合わせた部下たちが妙にしげしげと自分を見るものだから、何だよ、と元親は尋ねた。
「いや、アニキ、ちょっと元に戻ったつうか……」
 そうと聞いて元親は眼光を鋭くする。
「まだ野郎共の仇も討ってねえ。俺は変わりゃしねえよ、……この怒りはそんなすぐ治まっちまうような軽いもんか?」
「そうじゃねえっす!ただ、」
 口ごもった後に、彼はわずかに笑った。
「俺は少し、安心したッスよ、アニキ……。あいつら、あいつらだって、アニキがアニキらしくねえのはやっぱり嫌だと思うんスよ」
 元親はやはり表情を苦くしたが、そこには痛みはあれど苛立ちはない。
 仇を求めて走っていた鬼は、自分の鏡たる、そして自分よりもさらに危うい鬼を見て、例え仮初にでも人の姿を取り戻していた。


作品名:鬼哭 作家名:karo