なにより嫌う束縛をなによりも愛した
ドクンッ、
『波江』、そう呼ばれて私は彼の顔を見ようとして、視界が真っ暗になる。
物凄い力で両腕を引かれて、抱きしめられた。
頭を抱えられながら、背中を撫でられる。
母親が赤ん坊をあやすときにするような、優しい手付きが私を安心させた。
「波江」
先程と同じく呼び捨てられた名前に心臓が跳ねるのが分かった。
そして…普段あまり呼ばれなれない呼び方をした臨也の心臓が跳ねる音が、聞こえた。
そのまま胸板に耳を寄せれば、聞こえてくる彼の心音。
ドクン…ドクン…とゆっくりな波長でたまにドクドクと早くなる。
「あのさ、俺…何かした?」
「え…?」
「もし、俺が波江に何か酷いこと言ってたり、しちゃってたりしたなら…ごめん」
抱きしめられている腕が更にぎゅっと強くなった。
「臨也…」
強く抱きしめられているせいで、顔が上げられない。
臨也の背中を軽く叩いて腕の力を緩めてもらうと、真っ暗だった瞳に光が当たって少し眩しい。
そして、すぐに見上げた臨也の顔は、情報屋なんて職業をしている男の顔には見えなかった。
「…ぷっ。なんて顔してるの」
「…笑わないでよ」
思わず噴き出して笑ってしまったことに不貞腐れる男。
それが子供みたいで、私はまた笑ってしまった。
すっかり膨れ面になってしまった目の前の夫を見て、愛しいと思う。
やはり自分は、この男でなければ駄目だと確認せざるをえなかった。
そしていつの間にか、固く噤んでいた口の結びは解けていて。
私は今までの心の中にあった臨也への不安の蟠りを話した。
作品名:なにより嫌う束縛をなによりも愛した 作家名:煉@切れ痔