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月下部レイ
月下部レイ
novelistID. 19550
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チョコレート・レクイエム

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恋がどんなもだか、跡部にもわからないが。
忍足のそれは違うような気がした。いや違うと思いたかった。
「跡部……」

思いがけない言葉の応酬をしているうちに、目的地に付いた。
3時間ほど、約束の時間を早めて貰うようメールをしていた。
「ちょっと待っててくれ、すぐに戻る」
自分のいないうちに、いなくなりはしないだろうが。なぜか、気持ちは焦る。
一刻も早く、自分の片は付けようと、足早に向かった。
突然の裏切りにも。
罪悪感は無かった。気持ちに嘘をつく方が、余程相手に失礼な気がした。
今の気持ちを真摯に伝えるしか無いと、跡部は思っていた。
自分も少しは人を恋うることができるのか、それを彼女で確かめようとしていたのかもしれない。
彼女が変わるたびに、期待しているのに。
今度こそ、好きになれるんじゃないかと。



「待たせたな」
「えっ、どないしたん、それ」
左の頬がジンジンして、熱い。
恐らく、自分の頬には紅い手形が残ってるのだろう。
「一発叩かせた」
「なんで?」
「ほっとけない奴が出来たから、お前とは別れるって言ったんだよ」
「彼女と別れて来たんか?」
「ああ、俺もおまえと同じだ。好きかどうかわからない奴と付き合ってた。それって相手にも自分にも不誠実なことだった。そうだろ?」
「……跡部」
「これから、どこに行くんだ。確か、行かねえといけないとこがあると昨日言ってただろ」
「ああ、今までどうしても、行かれへんやったとこ。今日センセに一緒に行って貰おうと思うとった」
「俺が一緒じゃだめか」
「跡部がついて来てくれるんか」
「ああ、俺で良ければな」





車の向かった先は。
「ここにおるんや。奏は」
昨日とはうって変わって、2月には珍しい澄んだ青空が広がっている。空気も柔らかく、肌を撫でていく風も気持ちいい。
途中で花屋に寄って買った深紅の薔薇を手にして、忍足は車から外に降りた。
車外に出ると忍足は覚悟したように、一つ深く息を吸い込んだ。
そんな忍足の傍らを跡部も黙って歩く。
小道の先の丘陵には、いろんな形の墓石が並んでいる。
「1年前の今日や。あいつとは親友、いや俺は奏のことが好きやった。同じ男なのに……。でも大好きで。
気持ちをお互いに伝えたことは無かったけど、奏も同じ気持ちでおってくれたと思うとる」
独り言を呟くように、言う。
かなでは忍足の親友で。忍足が恋しいと唯一思った人間なのだ。

「ちょうど、バレンタインで放課後はうるさくなりそうやったから。
ホームルームが終わったら、すぐに学校から抜け出して、駅で落ち合うことにしとったんや。
……でも、いくら待っても奏は来んかった。遅れる連絡も無かったから。電話したんや、奏の携帯に。それにも出えへんかった。
携帯の呼び出し音を聞きながら、嫌な胸騒ぎを覚えたちょうどその時やった。近くで救急車のサイレンの音がしたんや。
気づいたら俺は携帯を握りしめたまま、サイレンのする方に走っとった。停まっている救急車の所へ来た時、聞えたんや。
俺が奏の携帯に設定した、俺からの着メロが。……目の前に、奏の携帯が転がって鳴ってた」

「……忍足」

「あいつな、バレンタインやから。……逆告白するって言うとったんやて。花屋に寄って告白相手の好きな花買って会いに行くと。
……道にはカスミ草の花が、まっ白い雪みたいに散らばってた」

「忍足。おまえ、カスミ草が好きなのか?」

「ああ、可憐な小さな花が大好きやて、ようあいつに言うとった……」

「おまえのことが本当に好きだったんだな」

俯いた顔が、酷く頼りなく見えた。

「母親を見つけて、急に道に飛び出した子供を庇うたんやて。ほんまあいつらしいわ……
大型ダンプにはねられらて即死やった。……でも最後にあいつ……ユウ……シ……って呼んだんやって……」


どうやって、慰めてやればいいのだろう。
愛する者との突然の別れ。
それも、お互いの気持ちを伝えることなくやって来た永遠の別れだ。
残された者が、どうやってこころの整理をすればいいのかなんて、誰にもわからない。
どんな気持ちで、忍足がこの1年を過ごして来たのだろう。
昨日まで跡部も全く気付かないほど、心を閉ざしたままだったのか?
いつもの微笑みの中に宿った悲しみに、気づくことはできなかった。
今すぐ抱きしめたい。
少しでも痛みを、癒してやりたかった。



「さあ、会いに行くんだろ」
「おん」
自然と忍足の手を引いた。
「跡部。こないなこと言うたら、気分悪うなるかもしれんけど……」
「なんだ」
「跡部は奏によう似とるんや」
「俺が?」
「青い綺麗な瞳とか、薔薇の花が好きなとことか、本当は優しいのに俺様なところとか。悲しいくらいよう似とる。
……やから、跡部を見とると、いたたまれん日もあった」
「そんなこと、微塵も感じられなかったぜ」
「特に跡部には気づかれとうなかったし。……一生懸命、自分さえも誤魔化そうとしとった。
そうしてないと、奏を失ったことから逃げられへんかったんや。
それでも我慢できなくなって、皆が帰った後、部室で一人泣いとったことがあったんや。それをセンセに見つかって。
二人で時々逢うようになって。センセの前では……無理して笑わんで良かったから」
「それで今日ここに監督と二人で来ようと思ったのか。……気持ちを整理するために」
「そうやったんかな。自分でもようわからへん」
「恋人と一緒にここに来るという、そういうことだろ」
「でも……センセには、奏のこと言うとらんかったし。奏のこと話したの今、跡部が初めてや」
「……忍足。監督はおまえに何があったか知らないのか?」
「おん。それだけは言えへんかった。
……今日は、ただ親友の命日やからって言うて、どうしても一人では来られそうにないここへついて来てもらおうと、
身勝手なこと考えてたんや。……監督には奏と俺のことは伝える気はなかったわ」
「それって、付き合ってるとは言わねえだろ」
「えっ……そうやね。センセ大人やから、どうにもならん時に、俺の身勝手に付き合って貰っとっただけかもしれへん……」



奏が眠っている場所に着いた。
途中で立ち寄った花屋で、忍足が買った薔薇の花束を供える。
それから、忍足は墓前にひざまずいて目を閉じた。
跡部も頭を垂れて、奏の安らかな眠りを祈る。

「奏、やっとおまえの所へ来ることができたわ。俺、おまえが死んだなんて認めとうなかったから、ここへよう来んかったんや。
もう1年経ってしもうたんやな、遅うなってごめんな、奏」

目を開けて忍足を見ると、声の無い涙が頬を伝っていた。
おそらくこの1年、忍足は泣くことも忘れていたのではないだろうか?
そんな気がした。どんなにつらく瞳が赤く潤んだとしても、流れ落ちる涙は無かったに違いない。
今初めて流れ出た涙と一緒に、辛い思いもこぼれ出ていけばいい。

「奏さん、初めまして。忍足が言うには、俺はあなたに似ているそうです。とても光栄です。
忍足がどう思っているかわかりませんが、今日から俺が忍足の傍にいて、大切なあなたを失って傷ついたままの忍足を
ほんの少しでも支えてやれたらと思っています」
跡部も今に気持ちを素直に墓前に報告した。