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mariage

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 「これでも最低限の励ましです。お望みならもっと・・・。」
 執務机の上で組んでいた両腕を崩して手のひらのジェスチャーで続く言葉をさえぎった。
 「大佐・・。」
 予想以上にへこんでいるようだ。
 「中尉・・・・髪を下ろしてみてくれないか?」
 見当はずれの台詞に脱力する。
 「まさかとは思いますが、それは上官命令ではないですよね?」
 口元で笑みを浮かべていたが怒っているのは明らかだった。
 「ああ、命令ではないよ。・・・・頼んでいるんだ。」
 チラリと壁がけの時計に視線をやると、大佐の拘束時間はカウントダウンが始まっていた。
 大佐の頼みとあらば大概叶えてあげてしまう自分にあきれつつ、中尉はため息を付いて、多少の運動ではほつれないように纏め上げた髪を器用に解いて見せる。
 それを見て大佐は一度瞼を伏せ、ゆっくりとまた開いた。
 この行為にどんな意味があったのか、大佐自身にしかわからない。
 「ありがとう、リザ。そしてすまなかった。」
 感謝と謝罪を同時にすると机の上の手を支えに重い腰を上げた。
 中尉がその台詞にあえて返答せず、彼の愛用の黒いコートを手渡すだけにとどめたのは、先ほどまでの人物になかった覇気が見えたから。
 闇色のコートを羽織り、心までも覆い隠す。
 その片鱗を見せられただけでも自分は信頼されているのだと思うことにする。
 「明日は遅番ですから、ごゆっくり休養なさってください。車はどうされます?」
 「ああ、適当に頼む。」
 「承知いたしました。」
 事務的な言葉を交わし、執務室を後にすると妙な違和感に気が付いた。
 執務室に残っていた全員が二人に注目していたのだ。  
 上官に引きずられていたのか中尉は髪を下ろしたままなのを失念していた。
 憶測が憶測を呼びどんな事態になるのか・・・。
 自分の迂闊さを後悔するとともに、元凶の男を呪った。



 飛び出していった兄弟は、一際にぎやかな繁華街にいた。
 「そろそろ暗くなって来たよ、材料は買ったんでしょう?もう行かないと大佐が困っているかもよ。」
 司令部を飛び出した後、しばらく早歩きで行き先も言わずに歩き出した兄を追ったアルフォンスは根気よく兄から情報を引き出し、大佐の家に向かっていることを知った。
 それでは手ぶらでお邪魔するのもよくないということで、夕飯の材料でも買い揃えようと説得して現在に至る。
 鍵を受け取り、自宅で待っているようにと言われていたからにはもし大佐の方が先に着けば鍵の開いていない玄関で待たすことになる。
 もちろんスペアキーを持っている可能性もあるけれど。
 自分たちが寄ることを知らなかったのだからその可能性は低い気がする。
 常識的に考えて、キーを2本持ち歩くというのはそうそうないはずだ。 
 ならば、時間があまり空く前に兄の気を家に向けさせなければ。
 
 気乗りがしないというのはわかる。
 でも、逢いたくない訳でもないのだろうし。
 二人の間で何があったかはわからない・・・。
 犬猿の仲というけれど、生まれたときから兄を見ている自分はわかっていた。
 兄が、大佐のことを口で言っているほど嫌っていない事を。
 物心ついたときにはもう父親がいなくて、親しい間柄に大人の男の人はいなかった。
 厳密に言えば、兄が甘えられるような大人がいなかったというべきか。
 だから・・・。


 手探りで模索しているのがわかる。
 好意と同時に嫌悪しているのも。
 自分たちの罪を知っていてなお手を差し述べてくれる相手に、信頼を置いてもいいのかどうかと葛藤するのも理解できる。
 でもね。
 嫌いな相手にはそこまで考えないものだよ。
 早くエドがそのことに気が付けばいいのにと思う。
 それだけで、きっと心が軽くなるだろう。
 本人が気が付かないことには何も変わらないのだ。


 兄の躊躇している本当のところに気が付くはずもないアルはそれでも確信を付いてた。 
 「兄さん、僕・・折角だから大佐の錬金術の蔵書を見せてもらいたいなぁ。」
 基本的に弟に甘い兄は、頼みごとをされると断れない。 
 それをよくわかっていて言葉にする。
 そして兄はその弟の意図を理解して、流されるふりをした。
 「・・・ったく、アイツに頼みごとすると厄介ごとが回ってくるっつーのに・・。」
 「うん、ごめんね。でも兄さんも興味あるでしょ?」
 「しゃーねー、今日のとこはうまい飯でも作って、掃除もしてやって恩を売るか!」
 「そうそう、大佐の好きなもの作ってあげて、家中綺麗にしてあげようね。」
 大佐の家に行く大義名分を作れたことに安堵してエドは意気揚々と歩き出した。
 

作品名:mariage 作家名:藤重