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mariage

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 今日ほど、自宅へ帰ることを待ち望んだ事はない。
 
   
 しかし同時に不安でもあった。 
 持ち合わせの鍵を渡し、先に帰って待っていて欲しいと言ったところであの少年は素直に従うような性格ではない。
 それは解っている。
 幾ら嫌いな相手だとは言えこの寒空の下家の前で凍えさせるような不義理なことは出来ないというのも。  
 一種の賭け。
 自分の望みどうり待っていたなら望みはある。 
 待っていなくても、そのことで付け込む隙はある。
 どちらに転んでも、すべからく転機は訪れるだろう。
 そう願いたい。

 
 今、この時期に彼が傍にいることの幸運を喜びつつ。


 この角を曲がって、すぐに自宅はある。
 仰々しい門を開けて玄関のエントランスをくぐり扉を開ければ、そこにあの小生意気な少年が居る・・・・・筈だ。
 一人身の住む家にしては広すぎる邸宅。
 冷えた空気が心までも侵食していくようだ。
 

 そして。


 ━━━━彼は居なかった。


 その事実は思った以上にダメージを与えた。





 
 「ほらー兄さん、早く早くっ!」
 「・・・・んなに急がなくったって、無能はきっと残業だぜ?」
 ここまで来て、何を渋ってるのかな、この馬鹿兄は。
 大佐の家に近づくにしたがって、なんだか憎まれ口ばかり。
 もしかして、僕が居るから照れくさいのだろうか・・・と変に気を回してしまう。
 「もー。そんなことばっかり言ってると、本当に大佐に嫌われるよ?」
 「・・・んな!?別に俺は嫌われようが、関係ねぇし。」
 そもそも、アイツが家に来いって言うからだなぁ・・、と後ろでぶつぶつ言ってるのをかるーく無視した。
 「きっかけはなんだっていいじゃない。優秀な国家錬金術師の研究の片鱗が見れるかもしれないんだよ?すっごく貴重なことだと思う。」
 こういう言い方をすれば兄がなっとくするだろうと解っていて言葉を綴る。
 「確かにそうかもしんねぇけどよ。」
 ほんとに、何をそんなに頑なに自分を装っているのか、アルフォンスには不思議でならなかった。 
 さっき執務室でなにか言われたのかな。
 それとも逆で本当は嬉しいのに、素直になれなくて一生懸命体裁を繕ってるのだろうか。
 我が兄ながらひねていると思うのはこんな時だ。
 まぁ、あの人はそんなことは気にも留めないほどに大人なのだから問題はないのだろうけど。
 稀代の焔の錬金術師であって兄さんの後見人。
 彼をあらわす言葉は数多くあれど、本当の彼を表現するにはまだまだ情報が足らなかった。
 打算が全くなくて僕たちに親切にしてくれるとは思って居ない。
 けれど純粋な行為というのも確かにあるんだから。
 口では兄さんの負担にならないように恩着せがましく聞こえるようにしていたり、傍から見ればもどかしいくらいに遠回りな心。
 ほんの子供でしかない僕たちに破格なくらいの待遇。   
 恩返しぐらいしたいじゃないか。
 もう少しで大佐の自宅へ着く。
 あったかくしておいしいものを食べてもらおう。



 「兄さん、ついたよ。鍵は?」
 「ん、ああ・・・・。」
 「大佐はまだ見たいだね、よかった。」
 「だから言ったろうが。」
 アイツは無能で時間にルーズなんだよ、とぶつぶついいながら顔にはちょっと安堵の色が浮かんでいるように思う。
 全く素直ではない兄だ。
 鍵を開けて、家の中へ入ろうとしたとき動きが止まった。
 「兄さん・・?」
 「何考えてるんだ、あのやろう・・。」
 いいざま、きびすを返して家の庭を掠めて裏手に走り出した。
 わからぬままにアルフォンスも後を追った。



 近所中に響いただろう怒声。
 「何で中に入って待ってねぇんだ!このアホがっ。」
 家の裏手の簡素なテラスにこの家の主がいた。
 ガーデンチェアーに寄りかかり心持ち青ざめた表情で。
 重厚なコートを羽織っていても流石に外では限界がある。
 「・・・君に鍵を渡していたのだから、無理だろう。」
 別に非難しているようすでもなく笑いかける。
 「う・・・それはそうかもしんねぇけど・・・なにもこんなに寒いところにいなくても。」
 北向きの場所は、いくら塀で囲ってあったとしても、夕暮れの湿った風は人の体温を根こそぎ奪って行く。
 「君が来てくれてよかったよ。」
 そういって笑う笑顔にエドはツキリと心が痛んだ。
 謝罪の言葉が素直に出てこなくてこぶしを握り締めたまま、もと来た道を戻り家の鍵を空けた。
 「さっさと家に入るぞ。」
 ここは誰の家だと、思わなくもなかったアルフォンスはそれでも兄をフォローする。
 「大佐、遅くなってごめんなさい。僕たち大佐においしいご飯を食べてもらおうと思って、たくさん買い込んできたんです。暖炉に火を入れたらあったまって待っててくださいね。」
 大きな鎧をめいいっぱい縮こませるように頭を下げる。
 ささくれた心に彼の優しげな声色が染み入る。 
 「君たちにそんなことをさせるわけには行かないよ?」
 ようやく風の閉ざされた家に入れて体の緊張も和らいだ。
 「いいんです。僕たちお世話になるんだし、このくらいはさせてください。兄さんのシチューおいしんですよ?」
 いたずらを思いついたような、うきうきした口調で思わず笑みが漏れた。
 「・・・・・それは楽しみだ。」
 キッチンの場所を教えて、ロイは着替えに自室のドアを開けた。




 ロイの自室は2階の一番奥の部屋にあり、東側と南側に窓がある。
 ドアを閉め、多少湿って重くなったコートを脱ぎ、ハンガーへかけると漸く深いため息をひとつ付いた。
 北向きの裏庭で待っている間、時間にしてはそれほど長くもなかったのだが、幾度となく脳裏を掠めた思考。
 足先の感覚がなくなるほどに時がたっていたならあきらめようとも思っていた。
 スペアキーは当然の如く隠してあったし、家に入れないことはなかったのだ。
 なのに、あえて入らなかった。
 ・・・・・認めたくなかった・・・・彼が来ないという事実に。
 「お笑い種だな。」
 自嘲の笑みをのせたまま家を出た時のままのベットに倒れこむ。
 そして、まどろみの中に先ほどの少年の後姿を思い描いて意識を遠ざけた。



 「・・・あれ?にいさん。大佐が来ないよ?」
 夕飯の下ごしらえが大方済んで、あとはシチューが煮詰るのを待つばかりのとき。
 暖めておいた暖炉の前にもソファーにも姿が見当たらず、想像するに部屋に閉じこもっているのかもしれない。
 「呼んできなよ。もう過ぐ出来るし、パンも温めておくから。」
 「・・・・そのうち来んだろ、それか出来たら呼べばいいじゃんか。」
 あくまでも強固な姿勢を崩さない兄。
 「兄さん~?」
 優しげな声色に重低音が加わった。
 「・・・っ!!わ~~~~ったよっ、呼んでくりゃぁいいんだろ。」
 びくついた猫の如くエドは床を蹴ってリビングを後にした。
 「・・・・ったく。」
作品名:mariage 作家名:藤重