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mariage

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 幾ら冷えた水を飲んでも痛さはなかなか引かない。
 「もー、兄さんってば。だから言ったのにせっかちだなぁ。」
 アルフォンスのもっともな言い草になみだ目で返す。
 「まるで、兄弟が逆のようだね。」
 その一部始終を見ていた大佐は思わずそう漏らした。
 その言葉に流石に黙っていられずに、抗議したがやけどを負ったばかりの舌では上手く言葉にならず、相手の失笑を買うだけだった。
 おまけに。
 大佐はアルフォンスに見えないことをイイコトに唇の動きでこう伝えてきた。


 ま・た・な・め・て・あ・げ・よ・う・か?


 一瞬で火傷した舌と見間違えるほどに真っ赤に頬を染め暴れだした。
 流石のアルフォンスも手を焼くほどに。
 そして、大佐の珍しいほどの笑い声が続いた。






 「ごちそうさま。後片付けは私がするからゆっくりしていたまえ。」
 言いながら食器を片付け始める大佐の後に続いてアルフォンスがキッチンへついていく。
 「いいえ、今日泊めていただくんですから僕がします。使えない兄の相手をしていてくれますか?」
 大きい鎧を丸めて申し訳なさそうにする相手の気を組んで頷いた。
 「では濯いでおくだけでいいよ。しまう場所はわからないだろう?」
 「は~い。ロイ兄さん。」
 よほど嬉しいのか『ロイ兄さん』を連呼するアルの肩をコツンと叩いてキッチンを後にする。
 いや、嬉しいというよりもあてつけかな?
 本物の兄に対して。
 それとも牽制か?
 兄弟ならではの奥深いところでつながりがあるのか。
 兄を取られてしまう危機感があったのか。
 悪意ではないところが唯一の救いなのだろうと思う。
 
 
 さて。
 何処から付け入ろうか、と癖のある薄笑いを浮かべ先ほどの彼の動揺振りを思い出した。
 我ながら意地の悪いことだ。
 「鋼の、風呂に入ろうか。」
 「はぁ?この足じゃ面倒だからパス。」
 やけどの所為でまだ上手く話せなかったが、大体の意味は通じた。
 「私が洗ってあげよう。」
 「フザケンな、お断り。」
 想像の通りの反応で思わずわらいが漏れる。
 似つかわしくない眉間のしわがこびりつくまで寄せられ全身で拒絶される。
 さもあらん、と一番効果的な言葉を選んで伝える。
 「旅の途中で君は湯船につかることはなかったのだろう?アルに伝えたら当然私の言葉に甘えろというだろうねぇ?」
 「てめぇ~~~!?どういうつもりだっ。」
 「べつに?君と親睦を深めたいだけだよ。」
 誰が聞いてもうさんくさい台詞に益々エドは毛を逆立てる。
 その態度ににこりと笑うだけに留め、大佐はキッチンの方へ声を掛けた。
 それは呪いの言葉にも似ているとエドは思った。


 「アル、鋼のを風呂に入れてくるから、それが終わったら私の書斎で好きな本を読んでいなさい。」
 なんの疑いもないアルフォンスは、感謝の言葉を返してきた。
 「と、言うわけだ。鋼の、おとなしくしたまえ。」
 言うが早いか大佐はエドを軽々と持ち上げバスルームへと歩き始めた。
 「何しやがんだ、てめぇ・・!!」
 おっさん放せっ自分で歩けるっつーの、と言葉が続くはずがさえぎられた。
 火傷の痺れよりも熱さを備えた舌先はまたもやエドを翻弄し、目的地に着くまで続けられていた。


 
 「本当はね、君に想いを伝えようなどとは微塵も思わなかったんだ。」
 エドを膝の間に抱える形のまま、大佐はポツリと話し出す。
 独り言のような口調にエドは軽く相槌を打つことで先をうながした。
 「帰る家に君がいなかった。・・・そのことが存外・・・自分で驚くぐらい衝撃を受けたようでね。」
 普段のよどみなく流れる口調とは違い、歯切れが悪かった。
 理由を考えれば幾らでも考えが及ぶんだが。 
 そのときは笑えるくらい動揺していたようだ。
 苦笑交じりの告白は続く。
 「自分の家でしかも鍵はスペアもある。」
 一度鍵を開けて中へ入った。
 「馴れているはずのその居住空間がまるで別物に思えて思わず笑ったよ。」 

 ああ、こんなにも・・・。

 いるはずの君がいないことの虚しさを痛感した。
 「それでまた鍵をして、外に出たのか?このクソ寒い中。」
 あんた大馬鹿だな。
 それまで聞き役に徹していたエドはいたたまれなくなって言葉を返す。
 「君のいない家へかえるよりも外の風に吹かれる方がましだと思ったんだ。」
 「何で・・・?」
 なぜそこまでこの男は自分を求めるんだろう。
 引く手数多の見目のいい将校。
 知性も教養も美貌も兼ね備えたふさわしい女性を選ぶことは容易いだろうに。
 「君の思考は酷くもっともだろうが、その理由は私にもわからないんだよ。」
 エドの頭の中を覗いたかのような的確な返答。
 


 「幾度となく、自問自答は繰り返したんだが。」
 行き着く先は回答不能の4文字で。 
 「もちろん、君の言うように白紙撤回も考えたさ。」
 気の迷いだと。
 「そのたびに、君は私の神経を逆なでしてくれるのだからたちが悪い。」
 「はぁ?」
 なんでそこで俺が責められるんだよ、とエドにしてみれば見当違いもいいとこだ。
 「私から、接触を一時期絶っていたのを覚えているかね?」
 言われてみてエドは暫く考えて見るが、思い当たる節がない。
 大体、自分たちは旅から旅への根無し草なのだ音信不通になることぐらい当然の如くあるはずで。
 「あんたの勘違いじゃない?」
 「いいや。・・・多分無意識なんだろうね。定期報告も兼ねて直接君から私宛に連絡をしたことを覚えているか?」
 「んなの、いちいち覚えてねぇよ。」
 「普段は、司令部に赴くか中尉経由での報告書を提出するのが常だっただろう?その時ばかりは、何故か君から直通ラインで。」
 またヒューズの奴かと、ぞんざいに応答したら君はなんて言った?
 「・・・・」
 エドは全くもって覚えがなかった。
 それでも電話をかけたような記憶があるが、その時に交わした言葉なんていちいち覚えてない。
 「大した用件でもなく、緊急性もない用件な上に、会話の最後でこう言ったんだ。『2,3日中に帰るから、腑抜け面見せんなよ。』と。」
 「は?」
 別に大した意味もない言葉か売り言葉に買い言葉な気がする。
 その台詞にどんな意味があるのかと本気でエドは悩む。
 「君は、私の元へ“帰る”といったんだよ?」
 「え?」
 根無し草の『渡り鳥』が自分の意思でここに帰ると私に告げた。
 「とても簡潔で重要性のある台詞だと思うのだが、違うかね?」
 その言葉の意味を。
 無意識に出していたことから導き出される意味は。
 「その言葉に喜びを覚えてしまった自分に酷く驚いたものだよ。」
 

 「いや、ちょっと・・・・まっ、ええ?嘘だろ?」
 エドはじわじわと、己を絡める腕の熱さを意識してうろたえる。
 そちらに行く、ではなく帰ると自分は口にしたのか。
 それも覚えのないくらい無意識に。
作品名:mariage 作家名:藤重