mariage
自分を抱きかかえる男の元へ。
背を向けていて表情が見られないことに感謝した。
体中の血脈が踊る。
「君への気持ちを断ち切ろうとしていた矢先にその台詞はあんまりだと思わないかね?」
「いや、だって・・・あの、きっと気のせいだろ?」
きっとこの男のペテンで自分を動揺させる作り話だ、そうに違いないと言い聞かせようとするが。
追い討ちをかけられる。
「証拠ならあるが、聞きたいか?」
「証拠~?」
なんだよそれ。
緊張のあまり、口が渇いてその上背筋がひやりとする。
もしかしなくても、この状況はとてつもなくまずいのではないだろうか。
今更にして自分の迂闊さを呪うエドだった。
「軍の回線には記録義務というのがあるんだよ・・?」
まさか、まさか・・・信じない信じたくない。
酸欠で呼吸困難に陥りそうだ。
「・・・と、まぁそんな事もあってこの浮かれた時期に乗って君の気持ちを探ろうとしただけだったんだが、ね。」
まさか、自分から告白するなどとは全くもって想定外だった。
「無論返事はmariageが終わるまで待つよ。」
答えが“yes”でも“no”でも。
そこでエドは思い出した。
そもそものきっかけは、マリアージュというキーワード。
「そいうえば、そのマリアージュとかいう祭りの意味を教えてくれるんじゃなかったか?」
そのために態々大佐のお遊びにも付き合ってやっていたのだ。
今更思えば、大佐のうちに来ることもなかったのだがそういった誘いを嬉しく思った自分がいたことなど棚の上にして。
普段と違う大佐に戸惑いつつも嬉しかったなどとは。
口が裂けても言わない。
「そうだった。」
“mariage”とは。
本来結婚を意味する言葉であるが、混ざりあうとか相性がいいとかそういう意味でも使われる。
「この地で特産品と言われるものがあまりなく、裕福ではないが唯一あげられるものがあるとすれば何かわかるかね?」
「うん?確か蜂蜜だったっけ?」
リゼンブールでも何軒かそれを生業としていた村人がいたのを思い出す。
蜂蜜を取るには花粉のたくさん取れる広い土地が必要だし、蜂を育てるにもそれ相応の技術がいり、命がけの仕事でもあった。
蜂蜜には殺菌作用があり、万能薬としても重宝されていたが大量生産できるわけでもなく、高価なのが難点だった。
気候的にも温暖なのが幸いしてか他国にも誇れる代物だが、ここの蜂蜜は癖が強く万人受けするものでもない。
それを解消するのに古来からある製造法を下に安価で作られる蜂蜜の酒通称『ミード』が出来上がった。
「本来、醸造は許可なくしてはいけない決まりになっているが、この時期はそれを解禁しているんだ。」
「・・・・なんで?」
「町を活性化させるため。とかいろいろ理由はあるだろうがね。」
そもそも、始まりは古来新婚夫婦が婚姻を結んで1ヶ月このお酒を飲んで子孫繁栄に励んだことから蜜月(honeymoon)と呼ばれていた。
それが蜂蜜を混ぜたお酒を飲んで想いを交わしたり、祝い事にするようになった。
「例えば、想い人と1ヶ月の期間内に蜂蜜関連の何かを交換すればめでたく恋人同士になれるというわけだ。」
「へぇ。」
それで、駅前の市場ではいろいろな物が並べてあったのか。
贈り物として・・。
『・・・・Dear,mead』
司令部に寄った時に大佐がつぶやいた言葉の意味が今漸くわかった。
いや、ちょっとまて。
「あの時俺にミードって言ったよな、なんで?」
大佐の話だと蜂蜜のお酒のことだろ、自家製の。
「うん?見事なハニーブロンドじゃないか、君の髪は。」
「・・・・ああ?」
『金髪が好みなだけだと思っていたんだ、今日まで』
先ほどの大佐の言葉がよみがえる。
「ミードのように私を惑わせる。」
なんて。
なんて恥ずかしい台詞をこの男はさらりと言うのだろう。
湯船につかるよりも、のぼせそうだ。
そしてこの馬鹿げた祭りが終わるまでに自分に答えを出せと?
期間の猶予はそんなにはないではないか。
一方的に想いを伝えて来て。
その上一方的に期間内に答えを出せと?
段々思考が冷めてきたのと同時にエドはふつふつと振り回された分だけ怒りがこみ上げてきた。
徐に頭をのけぞらせ大佐のあご先へとぶつけた。
「ブッ・・!なっ・・。」
流石にこの至近距離では避けられない。
同時に腕の拘束も解け、自由になったエドは立ち上がり痛みに目じりを潤ませる大佐をにらむ。
「フザケンじゃねぇぞ、このアホ大佐。」
「は・・鋼の・・??」
背後に暗雲立ち込めるような形相で仁王立ちする。
「なんでアンタにそんな権限もたせなきゃなんねぇんだ?」
「・・・いや、もちろん今すぐにでも・・・。」
今までの大佐的にはいいムードが一変する。
「そんなにすぐ答えなんて出せるわけねぇだろ!!」
「いや、だから・・待つと・・。」
一体なんの間違いがあると言うのか。
不意をつかれた大佐は冷静さを取り戻すのに少々時間を要した。
「だから、何でアンタに待ってもらわなきゃいけないんだっつーの!!」
「君は一体なにが言いたいんだ?」
全くもって理解不能だった。
「一発殴らせろ。」
「は?」
言うが早いか、右のストレートが顔面に迫ってきて、ベットのスプリングを効かせて後ろへのけぞりつつ後転する要領で大佐は臨戦態勢を取った。
「ちょっと、待ちたまえこれが君の答えなのかね?」
「そんな訳ねぇだろ、阿呆。」
上下左右へと展開する攻防戦。
限られた部屋の中のために足場が悪く、しかも大佐は加減しつつなのだ。
状況は不利極まりない。
「じゃぁ、何故?」
このままでは埒が明かないとベットサイドに躓きバランスを崩した振りをしてエドの攻撃を誘う。
「今まで散々振り回してくれやがったお礼参りに決まってるだろ!」
跳躍して足蹴りが決まるかと思いきや、その足を払われ、咄嗟に繰り出した右手もかわされ、その反動を利用して再び形成は逆転した。
「まったく、君は・・・。」
就寝前の運動にしては激しいやり取りに大佐はため息をひとつこぼした。
そして投げやり気味にエドの横にあお向けになる。
「あんた、俺をなんだと思ってんだ。」
少しは気が晴れたのか先ほどよりも落ち着いた声のトーンで話しを振る。
「いいか?よく聞けよ。」
大佐は視線だけを送り先を促す。
「アンタのことは、はっきりいっていけすかねぇ大人だと思ってる。そんでもって好きか嫌いかと言われれば、多分嫌いじゃない。」
賢明にも大佐はここで口を挟むことはない。
エドの独白は続く。
「でも、アンタが望むような関係には・・・まだ多分なれない。」
・・・・まだ?
言葉尻を取りたくなるのを我慢する。