半径100メートル内で世界平和を
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翌日、仕事を一通りこなしてから、また新羅のところへ行ってみた。
セルティはマンションで、荷物を整理しているらしい。安全性に問題あり、ということが結果を伴って証明されたわけで、まだ引っ越し先は決まってないけれど、準備だけはしておこうという。そうしたことは本人とメールのやり取りからわかった。できれば直接会いたいが、会ったところで何を言えばいいのかわからない。たぶん、謝っても意味がないのだ。セルティも、新羅も、今回のことは加害者以外に責任を求めていない。
昨日と同じくゲストIDを渡されて、昨日と同じ部屋へ行く。応対した外国人の女に、さっき点滴終わったところだから、寝てるかもシレマセン、と言われた。誰だっけ、と見返したら、新羅の義母、ていうか森厳の妻デスネ。と言われた。
あー。あのおっさん、再婚してたのか。聞いたような、どうでもいいのでスルーしたような。
「新羅ー、入るぞ」
ノックはせずに、声をかけながら、横にスライドする扉を開ける。
「うわ!?」
と、知らない男がいた。
知らない男の、見たくないものが見えた。
診察にしては、おかしい。
なんでこいつ下履いてないんだ?
ベッドの上に、覆いかぶさるように。
ってか。
新羅。
「っしず、お・・・・・・たすけて!」
ぶちぶちっと、何か切れる音がした、気がする。
あ、血管いったかも。どうせすぐ再生するけど。
一足飛びでベッドのそばまで来ると、そこにあった椅子を両手で振りかざした。
上からやると新羅まで沈めるから、横なぎに。
「ぶぎゃっ」
椅子と男が、びたんっと壁に激突した。
みし、と壁に亀裂が走る。
さらに飛ぶ。
椅子が邪魔だ。
襟首を持ち上げる。
「お前何してんだ?何してくれてんだ?ああああああ!?」
「静雄、もう落ちてる、それ」
「根性ねぇな!」
「殺さないでね、後片付け大変だから」
持ち上げた襟首から両手を放す。何か気持ち悪い。新羅に振り返れない。
「・・・・・・何だったんだ」
「あー、びっくりした」
「いや俺がびっくりした。何だこれ」
壁と男に向かっていう。
「もうこっち見ていいよ。って別に君に見られても特に困らないんだけど」
「俺が困る。なんとなく」
「助かったよ。ありがとう、静雄」
「大丈夫、なのか」
「んー。触られたけど入れられてない」
一瞬怒りが萎えた。
どこに何をだ。聞きたくないけど。
「誰か、呼んだほうがいいか」
「その前に、ちょっとそいつの身体検査して。ここのIDと、携帯とか持ってないか」
「さわりたくねぇ・・・」
「僕はもっと触りたくない」
もっともだ、と思って気絶してる男の体を探る。IDは首から下げてた。携帯は見当たらない。部屋を見渡すと、くしゃくしゃになったズボンがとぐろを巻いてて、その後ろポケットから、携帯が出てきた。
「君は見ないほうがいいかも。貸して」
「なんでだよ」
といいつつ、新羅に携帯を渡す。ベッドの上に起き上って、もう平常時の顔だ。破られた服を肩に引っ掛けて、眼鏡をかけて、手に震えすらない。
「メールと着歴チェックー。この偽名っぽいのはやっぱあいつかな?ええっと、あった。これが依頼かな」
「依頼?」
「ここのID偽造したか盗んだかして、岸谷新羅君にイタズラして証拠写メ送ってくれたらお礼弾むよ、という愉快な依頼をした人がいます」
「・・・誰だ」
めらっと、血流が沸騰する。
「たぶん前に自分が入院したのに冷たい態度取ったから、過激にお見舞いしてやろうっていうことかなぁ」
「誰だ」
脳の中で、ふつふつと、泡を吐き出して、まぶたの裏が赤く染まりそうに。
「言ったら君、この施設壊すから言わない」
「新羅君?壊さないから言ってみな?」
「もう言ってるようなもんじゃない。いいだろ、君が狙われたわけじゃなし」
「お前なあっ!そんなだからセルティがうだうだ悩むんだろうが!」
「あ、セルティに言っちゃだめだよ」
・・・駄目だ。なんか話が通じない。いつもそれほど通じたわけじゃないが、しかし。
怒りを抑えるために、深呼吸をひとつ。
「・・・セルティはこっちにいた方がいいんじゃないか」
「いや、セルティここあんまり良い思い出がないし。僕もここの研究者たちにあまり彼女見せたくないし」
「俺はいつも都合よく助けられねぇぞ」
「もうないよ、こんなこと。それに来週には退院できるし」
新羅は携帯をカチカチ操作しながら、こともなげに言う。
「報復はしとく。それは人体実験したがってる人たちに献体。幸いここには買取希望たくさんいるだろうし。依頼主にはご所望のハードゲイ画像でも送りつけておこう。見たらしばらく肉食べられなくなるぐっちゃぐちゃのやつ。さらにメール開封で法外料金請求」
せっかくだからスカ系にしよっかな、などと淡々とつぶやく。
「・・・・・・止めねぇけど聞いてるだけで吐き気する」
「僕は君と違って腕力ないからねぇ。せいぜい陰険にやるよ」
そういえば、こいつは昔からこんなだった。敵と認識した奴に容赦しない。それこそ子供のころから、あの奇特な父親のために、金目当てだったり体目当てだったりでトラブルに見舞われていたが、きっちり仕返しだけはしていた。
「なんか疲れた」
「ええっ。大丈夫?採血していく?」
「嫌だ」
そうだ、トムさんちに行こう。さっき解散したばかりだけど。
「それ、廊下に出しといてくれる?」
「廊下でいいのか。そこの窓から落としてもいいぜ」
「死ぬから。ここ最上階だからね。あとエミリア義母さん呼んで」
わかった、と頷いて、壁際の男の襟首をつかんで引きずる。
「そういえば。何か用があったんじゃないの」
「別に。最後の仕事がこの近くだったから」
新羅はふうん、と言って、携帯を閉じた。
「僕は君ほど固い貞操観念持ってないから、平気だよ。ちょっとゴキブリに遭遇したくらいにしか思わない。幸い痛いことされなかったしね。目に見える怪我は嫌だなぁ。セルティを悲しませてしまうし。でもこのくらいのことなら、僕は隠し通す自信があるし、これまでだってそうやってきた。君が余計なこと背負う必要はないし、僕のこと言い訳にして喧嘩する必要もないよ」
言い返す言葉はいくらかあった。
ゴキブリってそれ結構嫌だろ、とか。
これまで、って、何だ、とか。
言い訳ってどういう意味だ、とか。
でも。
「早く治せよ。お前が復帰しねぇと、誰が俺の治療をするんだ」
「・・・ふふ。そうだね」
舌打ちをひとつ。
それで、部屋を出た。変態男を引きずって廊下を進み、途中で行き合って目を丸くした新羅の義母に簡単に事情を説明して、駆けつけた研究員たちに男を引き渡した。
作品名:半径100メートル内で世界平和を 作家名:かなや