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孤独の先に

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「それは違うよ――なんにも悪くない、罰も償いもしなくていいんだよ、五年間も苦しんだんじゃないの? もう……いいんだよ」
 美幸は泣いていた。
――籠塚さんも同じなのか。
 そう思ってしまった。
――僕は一体何を期待してたんだ?
「違くなんかないよ……僕のせいで……僕だけが……」
だが美幸は泣きながら続けた。
「そんなのただ逃げてるだけだよ、事故の事実を受け止められれなくて他人が与えてくれる罰を求めて……そう思わないと自分が許せないだけ、許したくな……」
「……いったい僕の、なにがわかるんだよ」
突然耐えきれなくなったこのように声を荒げた。限輝の表情は
――なんで怒鳴ってるんだ? 自分から話しだしたくせに……
そんな思考も一瞬で流されていった。そして激しい怒りとは違う感情が渦巻いている。
「全部はわからないよ……でもそれが間違っているってことだけはわかる」
「そん――」
また叫んでしまいそうだった。だが声は遮られた、美幸が限輝の頭を抱きしめたせいだ。
「そんなに自分が許せないの? 事故は別に限輝が望んだわけでも、起こしたわけでもないでしょ? ……大丈夫今なら受け止められるよ」
ただ聞くことしかできなかった。今どんな表情をしてるのかわからない。
「私だって一人の辛さはわかるよ、一回決めてしまったものは変えたくても自分だけじゃ変えられないってことも……」
その言葉には昔周りの大人達がかけてきたような薄っぺらなものとは違いとても重みがあり、気持を落ち着かせてくれた。
「もしも許せないんなら私が許してあげる。もう限輝は償いをしなくてもいいし、罰ならもう受けてしまってるから」
そこで美幸の腕の力が緩んだ。そして限輝は顔を上げた。
美幸は涙目になりながらも笑っていた。
 そして頬になにか流れてきて、流れてきたものに手を触れた。
――僕は泣いているのか……だけど、昔流した涙とは……
限輝はその違いにはうまく気がつけていなかった。昔の涙は悲しみと辛さに耐えきれず溢れてきたもの。今はそれとはまったく違う。溜まっていたものが安堵をきっかくに流れ出ていったかのように泣いている。
「僕は許されてもいいの? 罪も償いもいらないの?」
年下の少女にまるで子供がわからないことを聞くかのように問いかけた。
「いいんだよ……でも忘れてはダメだよ。友達のこと辛くても逃げちゃダメ、受け入れて、抱えて生きていかないと」
美幸は苦笑いを浮かべていた。さっきの笑みとは違った。
――私がこんなんこと言える立場じゃないのに、でも限輝をみていたら自然と言葉が……
考えていたことは次の瞬間どこかへ行ってしまった。
「ありがとう」
昔と同じように周りの空気も暖かくしてくれるような笑みで言った。
「もう、だ、大丈夫でしょ?……」
その笑顔に見とれ、頬を染めながら言った。
「そうだね、楽になったよ……」
時間が経ち落ち着くと二人は顔を真っ赤にしていた。
――そういえば名前で呼ばれた。抱きしめられたし……
――あんな大胆なことしちゃった……
「えっと……」
「も、もうこんな時間。そ、そろそろ帰るね――またね」
「あ、うん、じゃあまたね」
 足早に去って行く美幸の背中を見送った。
 背中がとても小さく見える。
――ああ、あんな小さいのに、年下なのに。
もう事故のことで悩むことはやめよう。美幸が言ったように忘れてはいけない。なによりまた心配をかけることはいけないと考えていた。
「まさかこんな形で事故のことをふっきれるとは思いもしなかったな」
美幸の歩いて行った方向をみて呟いた。
――たぶん美幸も何か抱えている。話してくれたときには僕の番だな……
次の日。
最初は気まずそうな空気だったが、その時間を十分たらずだ、その後はまるで昨日のことがなかったかのように、普通に会話した。
そして今年最後の日にも同じようにベンチに腰を下ろしていた。
 今日はまだ何も話していない。
先に動いたのは美幸だった。
「あのね、今日は私が聞いてもらいたいことがあるの」
まっすぐに目を見てくる。その眼にはなにかを決意したかのように見えるほど真剣だった。
「この前、限輝の過去を話してもらったから今日は私のことを話そうと思うの」
 こちらを真直ぐ見ている。僕が話した様子とはまるで違うな。心の中で苦笑した。
 こちらもまっすぐに見返した。それを肯定ととったのだろう美幸は語りだした。


私立の小学に通っていた。体が弱かった美幸はよく保健室を利用していた。
もともと家族も過保護過ぎたし家が裕福だった。
「やって大丈夫なの? 無理にやらなくてもいいんだよ?」
「もー体育の時間はいつも言ってくるんだから、大丈夫です」
――なんでいつも……
体が弱いことから周りが自分を他の人とは違う目で見てくるのが嫌だった。
最初は気がつかなかったけど先生も私のご機嫌取りみたいなことを言ってくる。このことに気がついたのは五年の時だった。両親は学校に多額の寄付をしているらしい。それから先生の言葉が嘘のように聞こえた。
家のことで特別扱いされるのも嫌だった。
エスカレーター式の学校で同じ敷地に中学の校舎があるため、中学へ行っても環境に変化がなかった。
中学二年の七月に学校で倒れた。
そこから周りの態度がさらに変わっていた。友達も先生も家族も今まで以上に気を使ってくる。
「大丈夫?」「無理しないでいいんだよ」同じような言葉を毎日聞いた。
嫌になった。先生や友達のことを拒絶した。
「私は大丈夫なの、もっと普通に接してよ」
「なんで先生は私ばっかり気を使うんですか? 特別扱いはやめてください」
誰も私の言葉を聞かない。友達はただの強がりだと思っている。先生はやめる気すらないだろう。
家族も私を理解してくれない。ただ心配してくれているけど本当の私を見ようとしてくれない。
学校に行かなくなったのだって最初はただ言ってみただけだった。
「私学校行かない」
「え? 大丈夫なの? すぐに病院へ――」
「……違うの、別に学校で勉強するより家で勉強した方がいいと思ったから」
適当な理由を言った。嘘だと、それはダメだって言ってくれると期待していた。
「あら、そうだったの。そうね、美幸なら学校の先生のレベルじゃたりないわね。午後に来てくれる家庭教師を雇いましょう、大丈夫学校には言っておくから」
期待は簡単に破られた。誰も自分を見てくれていない。私は一人なんだと思った。
 

「それで今の状態、ここに来る時間は両親に無理を言って散歩するための時間を作ってもらったの。付き添いも付けるって言われたけど一時間のためだけに雇うのもって言って……少しでも動かないと体力落ちちゃうから……」
限輝は黙って聞いていた。
「限輝の過去なんかより全然かるいでしょ?」
美幸の顔は笑っていた。だけど無理をしているように見えた。
「そんなことない、一人の辛さわかるから。それに理解してくれる人が誰もいなかったなんて……」
「そうだね、でもこの話はもういいの。限輝のおかげでもうとっくにふっきってるから」
今の笑みは本物だった。
「僕はなにもしてないよ……」
「なにもしてなくなんてないよ、話しかけてくれてきっかけをくれたよ……でも最初は何この人とか思ったけど」
作品名:孤独の先に 作家名:ざくざく