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臨帝超短文寄集

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12:昔の恋人


※数年後設定で帝人君はどこかに進学





 コーヒーでも飲みながらレポートを書こう、そんな軽い気持ちで入った店の中で、以前つきあっていた人と再会した。こんなに近くで彼の姿を見たのはおよそ二年ぶりだろうか。高校生の一時期、僕は彼のことがとても好きだった。別れてからもしばらく彼への想いを引きずって苦しんだものだ。いや、そんな風に過去形で語ることはできないかもしれない。だって今も僕は、彼の姿にこんなに動揺している。
(臨也さん)
 まだ思い出色あせぬ昔の恋人は、ひらりと僕に向かって手をふった。



 ***



 昔臨也さんとつきあったのは、僕が彼を好きだったからだ。僕が告白して、臨也さんはいいよって言った。「好きです」という台詞に対して「いいよ」っていう返事は日本語の流れとしておかしくて、僕はきょとんとしてしまった。その時は気持ちを伝えることで精一杯で、なにをいいと言われたのかわからなかったのだ。だから「ええと、…なにがいいんでしょうか?」って聞いたら、呆れたように片頬で笑われた。
「君は俺が好きなんだろう? つきあいたいんじゃないの? だから、いいよって言ってるの。いいよ俺、君とつきあっても」
 こうして僕達は恋人という関係になった。

 でも、では両想いなのかというと、そうではないようだった。僕は臨也さんがすごく好きで、恋人になれて嬉しくて、何度も彼にそう告げた。好きです、好きです、会えてうれしいです。そんなことを何回言っただろう。そのたびに彼は笑ってうん、うん知ってるよ、そうよかった、等と答えていた。俺も君が好きだと言われた記憶は、一度もない。
 全ての人間を愛しているという彼のなかで、あの頃僕はどのくらいの位置にいたのだろう。彼の考えていることは、僕にはよくわからなかった。僕とつきあうことにしたのは、告白されたからそれを受け入れたというだけなのか。特別好きでなくても恋人扱いできるのだろうか。だとしたら、僕以外にもそういう相手がいたりするのかもしれない。僕の中にそんな猜疑心が芽生えるまで、大した時間はかからなかった。
 やがて不安に苛まれる時間の方が多くなった。いつ臨也さんの気が変わって捨てられるのか知れない、そんな心配に僕は始終囚われていた。今思い返せばひとりで考えていても解決しないんだから、もっと建設的な行動をとればよかったと思う。でもそんな風に言えるのも終わった話だからこそだ。あのころの僕にとって、臨也さんは近くて遠い人だった。彼の背を追いかけて、追いつきたくて必死だった。けれどその心は掴めなくて、いつしか疲れてしまい、何かわりと些細なことで諍いをしたのをきっかけに彼から離れた。臨也さんを嫌いになったわけじゃないけど、一緒にいるのは限界だったのだ。



 ***



「やあ、久しぶり。元気そうだね」
「…臨也さんも。お変わりないようで何よりです」
 手招かれて無視することもできず、彼の隣の席につく。動揺を声に出さないように努めたけれど、成功しただろうか。冷えた指先に、自分が緊張しているのがわかる。
(何だろう、何の用なんだろう)
 久方ぶりに見た臨也さんの、変わらない容貌やその身に纏う空気。彼といた過去が脳裏に蘇って、ひどく胸が痛む。どうかすると涙まで出てきそうな予感に、自分でも驚いた。必死で歯をくいしばって堪える。こんなところで泣いたりできない。だってこの場面で泣いたりしたら、まるで今でも臨也さんのことが好きみたいじゃないか。

「今でも好きだよ、君のこと」
 ひどく何気ない調子で呟かれた言葉に驚いて、瞳を瞬く。反射的にそちらを見れば、苦笑としか言えない表情を浮かべた臨也さんがいて。
 ごめんね、と笑顔で続けられた軽い謝罪は何に対してのものなのか。昔のことか、それとも今になって、そんな言葉を寄越したことか。それだけ言ってすっと立ち去ってしまう彼を、呆然と見送った。
 
 臨也さんが何を考えているかなんて、二年たってもやっぱり僕には読めない。ただ、彼のそんな様子に、この人は今でもこうなんだなあと思った。相変わらず、他人の気持ちをかき乱すことが上手い。    
 あの頃もそうだった。
(『今でも好きだよ』なんて)
 今更だ。そもそも臨也さんが僕のことを好きだったなんて初めて知った。だって初めて言われた。好きなんて、あの頃は一度もくれなかった言葉。僕がその言葉を欲しがっていたことを、彼は分かっていただろうに。
(僕のことを、好きだったって)
 違う、好きだったと言われたんじゃない、好きだと言われたのだ。今でも。『今でも』ーーー、それは、それでは、あの頃も、あの頃からずっと、臨也さんも僕のことが好きだとーーー

 気づいたら僕は立ち上がっていた。会計を済ませる為に財布を繰る自分の指がおぼつかなくてじれったい。焦り過ぎだ。でも焦りもする、この機を逃したら今度いつ会えるかなんてわからない。
(でも、追ってどうするって言うんだ)
 頭の隅で、冷静な自分が『やめた方がいい』と言っている。彼を追いかけて、捕まえて、そしてその先は?『僕も好きです』と告げて元の鞘に?否、おさまってどうしようというのか。彼という人間はきっと変わっていない。僕はまた不安になるだろう。それでは過去の繰り返しだ。たった一言好きだと言われただけで、舞い上がって同じ轍を踏むなんて馬鹿馬鹿しい。
(そうだ、そんなことはわかってる)

 わかっていると思いながらも、僕は店を飛び出した。
 昔追いかけたままの、彼の後ろ姿を探して。





作品名:臨帝超短文寄集 作家名:蜜虫