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問わず語り

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過去(2)

 しかし、蘭丸の容体は捨之介が思っていたよりもずっと深刻だった。
 最初の七日は人形のままだった。声をかけてもほとんど反応はなく、赤子のようにただ眠るだけの蘭丸を捨之介は静かに見守った。
 次の十日でなんとか表情が戻った。捨之介の姿が見えないと不安になるのか恐慌状態になる蘭丸をつきっきりで世話したこともあってか、ゆっくりと回復し始めたものの少しずつだが食事を取れるようになるのにはさらにひと月かかった。
 ずっと寝たきりだった蘭丸がやっと起き上がれるようになった頃には、もう冬の気配がし始めていた。
「…どうして私を死なせてくれなかった」
 徐々に身体が良くなるにつれて、蘭丸は捨之介に厳しい言葉を投げつけるようになった。時には手近の物と共に。
「もう、この世に私の居る場所はないのに」
 病人が八つ当たりで投げるものを避けられない捨之介ではないが、決して傷つかないわけではない。蘭丸の言葉はいつも痛烈だった。
「何故怒らない」
「病人に怒ってもしょうがないだろ」
「…私を哀れんでいるのか!」
 その日も最後は湯飲みが飛んできた。避けるついでに捨之介は部屋を出る。癇癪の発作の起きている蘭丸のそばにいると収まるものも収まらなくなるのは、今までの経験で思い知らされていた。その原因があの方と同じ顔をした自分にあるということも。
「…よく我慢してるね、にーちゃん」
 捨之介が縁側で所在なげに煙管をふかしていると、かわいらしい声がした。声の主は宋易がつけてくれた手伝いのおふくで、手には急須と湯飲みを二つ乗せた盆を持っている。
「ちょっと待っとってな」
 捨之介に湯飲みをひとつ渡すと、おふくは器用に砕けた湯飲みの破片を避けて部屋に入って行く。まだ感情の昂ぶっている蘭丸をなだめているらしい、おふくの声が聞こえた。それが静かになった頃、おふくがひとり戻ってきた。
「蘭丸さまは薬飲ませて寝かしといたで」
「ありがとな」
 もらった湯飲みを傍らに置いて、捨之介は砕けた破片を拾った。それを見たおふくが盆を差し出す。手の中の破片を捨之介は盆の上に置いた。
「まったく、蘭丸さまの癇癪にも困ったもんやなあ」
 癇癪と言っても、被害に遭うのは捨之介ただひとりで蘭丸は決して他の人間には当たらない。ただ最近それが少し度を越していて、おふくに同情されていた。
 癇癪の原因はささいな事ばかりだった。ちょっとした言葉尻を捕らえては捨之介に絡んでくる蘭丸の癇癪は本人にも制することができないらしく、見かねた竹庵が薬を処方してくれた。ただその薬を飲むと強烈に眠くなるらしいので、蘭丸自身はあまり好まないようだったが。
「昔はあんなんじゃなかったんだけどな。性格はきつい奴だったが」
 ため息をつきつき縁側に戻った捨之介の横におふくがちょこんと座る。病人の横で煙草が吸えないこともあって、離れの縁側が捨之介の居場所になっていた。
「にーちゃん、付き合い長いんや。もしかしてにーちゃんって蘭丸さまの恋人?」
 捨之介は口に含んだ茶を吹いた。横でおふくがにやにや笑う。
「みんな言うてんで。あんだけかいがいしく面倒見てるのは、恋仲やからって」
 捨之介がひときわ大きくため息をついた。
 蘭丸がこの屋敷で静養していることはもちろん生きていることも内密になっているのだが、噂好きの下働きの女たちの間で理由ありの美貌の客人・蘭丸と謎の居候の捨之介が話題にならないはずもなく、あらぬ誤解を受ける羽目になった。三度の飯より女が好きな捨之介にとってはかなり迷惑な話である。
「…お前なぁ。あんまり変な話を信じるんじゃないぞ。あいつの大事な人に俺が似てるんだ。で、俺はその人に蘭丸のことを頼まれた。それだけだ」
「ふ~ん」
 信じてなさそうなおふくに、捨之介が舌打ちする。
「あいつが俺なんか相手にするもんか。蘭丸にとって大事なのはあの方だけだかからな」
 あの頃の蘭丸は大殿以外は目に入っていなかったようで、捨之介ももう一人の影も『お前』としか呼ばなかったし、必要以上のことは話そうとしなかった。
 が、捨之介は蘭丸が嫌がるのを無視していろいろ話し掛けた。おかげで時々蘭丸の本音を聞くことが出来たのだった。
「ようわからんなあ。その人亡くなりはったんでしょ?」
 すんなりした素足をぶらぶらさせながら、おふくが尋ねた。蘭丸の世話を頼む時に都合の悪い部分を伏せて、大体の事情は話してあった。
「死んであきらめられるくらいなら、あんなに苦しまないさ」
「わからんなぁ」
 おふくはあどけなさの残る顔に困惑を浮かべて、細い首を傾げた。
「子供にゃわからんさ」
「子供じゃないよ。もう十三やもん」
「そうやってむくれるとこが子供なんだよ」
 子供っぽくぷっと頬をふくれさせたおふくを見て、捨之介が笑う。
「…久々やな、にーちゃんが笑うの」
「・・・」
 思いもよらないことをおふくに言われて、ぽりぽりと捨之介が頬をかいた。
「そんなに俺、仏頂面してたか?」
「うーん…蘭丸さまが荒れ始めてから、な。仏頂面というか、いつも辛そうな顔してはる。いい男なのにもったいないってみんな言うてんで」
 手の中の湯飲みを見つめて、捨之介は何度目かのため息をついた。おふくにまで言われるようでは、人の心の動きに敏感な蘭丸に悟られていないわけがない。癇癪が悪化したのもその辺に原因があるのかもしれないと捨之介は思った。
「…おふく、今日は宋さん居るかい」
「町衆の寄り合いに出てるから、夕方にならへんと戻らんと思うけど…なんで?」
「挨拶したい。今日出て行くよ」
 おふくの目が丸くなる。
「なんで!」
「もともとあいつの体が良くなるまでという約束だったからな」
「…にーちゃんええの、それで」
 捨之介が蘭丸のことをどう思っているかは、おふくにも伝わっていたらしい。
 蘭丸が大殿を想うのとはいささか違うのだろうが、捨之介にとって蘭丸はかけがえのない大切な存在だった。
 泣きそうな顔で、おふくが捨之介を見上げる。捨之介は頷いた。
「いいんだ。そのほうがあいつのためにもいい。たぶん、俺がいなくなれば癇癪も収まると思うから、あいつのこと頼んだぞ」
「あいよ、まかしといて…そういえば、にーちゃんの名前まだ聞いてなかったね」
「俺の名前?」
 親にもらった名前は大殿の『影』になった時捨てた。あの頃はそれで不自由しなかったが、これからはそうもいかない。
「…捨之介。浮世の義理をすべて流して三途の川に捨之介ってね」
「嘘くさぁ」
「まあな」
 思いつきにしては上出来だと、捨之介は笑った。

「おふくから聞きましたよ」
 捨之介が宋易の部屋に顔を出すと、先に宋易に切り出された。
「すまない、宋さん。最後まで迷惑かけて」
「いいえ。それは私のほうも同じですよ」
 優しい笑顔を浮かべて宋易が答える。
「私にできることはまだありますか?」
「蘭丸のことを頼みます。できれぱなんでもいいですから仕事をやらせてもらえませんか。なるべくなら、責任のある仕事を任せてやってください。つまらないことを考えないで済むように」
作品名:問わず語り 作家名:よーこ