問わず語り
義理堅くて、生真面目な蘭丸の性格を捨之介は良く知っている。任された仕事が大きけれぱ大きいほど、それを途中で投げ出したりはしないだろう。それは蘭丸の自害を防ぐための最大の手段となるはずだ。
「承ります。実は、知り合いで手代を探してる店がありましてね。あの方ならどこに出しても大丈夫でしょう」
宋易も蘭丸の才覚のことは高く評価している。どうも捨之介が頼む前に先方から話を聞いていたようだった。
「できれぼ、あなたさまにも残って働いていただきたいのですが…無理を言うのはやめておきましょう」
「違いない」
宋易につられて捨之介も苦笑した。ひとつの場所に留まり読けることは、捨之介のいちぱん苦手なことだった。
「これからいかがされますか」
「とりあえす、あいつを探す。たぶんまだ生きているし、それに…いや、なんでもない。しばらくふらふらするさ」
すすめられた茶椀を受け取って、捨之介が答えた。まだ確証の持てないことを話すわけにはいかなかった。
本能寺で死ななかったはずの、もうひとりの大殿の影。捨之介はその行方が気になっていた。
「蘭丸どのにご自分の事はお話しになったんですか、秀孝さま」
「…」
宋易が我が子ほど年下の捨之介に敬語を使う理由は、捨之介の出自にあった。
「もう、その名を知ってるのも宋さんぐらいだよ」
苦い笑みを浮かべて捨之介が返す。宋易が口にしたのは捨之介の『本名』だった。大殿が死んだ今ではその名と素性を知っているのは宋易と贋鉄斎、あとは行方知れずのあの男だけのはずだ。
十六の時に、捨之介はその名を捨てて、大殿の影となった。公には織田秀孝という人間は死んだことになっている。
「俺と蘭丸じゃ事情が違うし、俺の事を話したところで、かえって蘭丸を混乱させるだけさ」
蘭丸は大殿と同じ顔をした捨之介の素性を怪しいと思っていても、捨之介の出自までは知らないはずだった。もっとも、蘭丸にとっては大殿以外の人間は誰であろうとどうでも良いことだったのかも知れないが。
「しかし、あなたさまひとりが悪者になることもないでしょう」
捨之介の胸中を察したらしい宋易が言葉を継ぐ。
「いいさ、俺のせいみたいなものだから」
宋易自らが立てた茶を味わいながら、捨之介がぽつりとつぶやく。
「…あなたのせいではない事くらい、蘭丸どのもわかってらっしゃるでしょうよ」
「ありがとう、宋さん」
いつだって宋易は捨之介の欲しい答えをくれる。穏やかな宋易の声に、捨之介は深々と頭を下げた。