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問わず語り

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過去(3)

「蘭丸、ちょっといいか」
 宋易に挨拶したあと、離れに旅支度で現れた捨之介を見て蘭丸が眉をひそめた。
「今日出ていく。もう会うこともないだろうから、あいさつしとこうと思ってな」
「…逃げるのか」
 蘭丸が立ったままの捨之介を睨みつける。捨之介はつとめて穏やかな笑顔を作ると蘭丸のそぱに座った。
「そうじゃない。俺はここに居ないほうがいいんだ」
「それを逃げると言うのではないのか」
 絡む蘭丸に、捨之介は静かに首を振った。
「俺がお前のそぼに居る限り、お前はいつまでもあの方を恩い出して苦しむだろ。だったら俺は居ないほうがいい。そのほうがお前もゆっくり養生できるだろうし」
「…ひとりで生きろと、お前が言うのか!」
 ついに蘭丸が声を荒げた。上掛けを握りしめた手が震えている。
「あの方を忘れろっていうのは無理だろうが、お前には幸せになってほしい。それはたぶんあの方も望んでいたはずだ」
「…」
 蘭丸はうつむいて、子供が嫌々をするように首を振る。
「生きて、幸せになってくれ、蘭丸」
「…あの方のお傍に居るのが私の幸せだったよ」
「もうお前を縛るものは何もない。嫌な人殺しもしなくていいんだ。お前は自由なんだよ」
 大殿のそばに居た頃は『人斬り蘭丸』などという物騒な仇名もあったが、本当は人殺し…いや、人と争うこと自体が嫌いなのを捨之介は知っていた。
 実際蘭丸は大殿に武人としてではなく、文官として将来を期待されていた。ただ、大殿のいちばんの側近として大殿の敵と戦わざるを得なかった。たとえ蘭丸自身がそれを望まなくても。
「…それでも、……それでも、あの方が望むのなら何をしてでもあの方のお傍に居たかった。あの方を失って、私はこれからどうしたらいい」
 蘭丸の声は今にも泣き出しそうだった。
「俺にやつあたりする元気があれば、大丈夫さ。あとはゆっくりでいいから、お前のやりたい事を探せばいい。お前にならできるよ、蘭丸」
「…忘れなくてはいけないのか、あの方のことを。あの方を忘れてしまったら、私はどうなる?」
 消え入りそうな声で蘭丸がつぶやいた。
(私には、殿がすべてだ)
 捨之介はかつて蘭丸が言ったことを思い出した。名門の武家に生まれて、ずば抜けた才覚と母親ゆずりの美貌とで望めば何だって手に入っただろう蘭丸が、ただひとつだけ望み、失うことを恐れたもの。
 大殿のそばを離れたくない、捨てられたくない。飽きやすい性分の大殿がいつまで自分をお傍に置いてくれるのか。口に出さなくとも、蘭丸の態度やそのそぶりから捨之介にはわかった。
 生まれてすぐに生母から引き離され、幼いうちに父親を亡くしたという蘭丸はほとんど親の愛情を知らずに育ったらしい。そんな蘭丸は大殿に父親の面影と、ぬくもりを求めていたのかも知れない。侍の、主従関係という言葉で片付けてしまうにはあまりにも一途に、真撃に蘭丸は大殿を墓っていた。
「忘れなくていいんだよ。…ただ、そんなに自分を責めるんじゃない」
 捨之介は蘭丸の頭を子供をあやすように優しく撫でてやった。他の人間が髪に触るとひどく怒る蘭丸だが、大殿と捨之介だけには何も言わない。
「大殿はお前を苦しめるためにあんなことを言ったんじゃない。お前が大事だから、死なせたくなかったからさ。それがわからないお前じゃないだろ」
 どんなに捨之介や他の人間が心を痛めても、肝心の蘭丸自身が自分の心の傷と向き合って乗り越えない限り、立ち直ることはできないだろう。
 自分の命よりも大事にしていた大殿に『置いて行かれた』と嘆く蘭丸の絶望が、並み大低のものではないことを捨之介は知っている。そのいちばんの薬が時間だということも。
 ただ、蘭丸自身が回復を望まなければその薬も効きはしない。
「もう一回言うぞ。あの方が死んだのはお前のせいじゃない。だから自分を責めるな。今は辛いかもしれないが、そのうち時間がなんとかしてくれるさ。それに、もしこのままお前が死んだら、殿が悲しむと思わんか?」
 今の蘭丸は、深い絶望と苛立ちを自分自身に向けている。他の人間を恨めば少しは楽になれるのにそれをしないのは心根の優しい蘭丸ゆえなのだろうが、捨之介には自らを厳しく罰しているように見えてならなかった。
 そんな蘭丸を助けたい。死なせたくない。それはすでに大殿の願いというよりは、捨之介自身の願いだった。
「…悲しむのは、お前だろう」
 驚くほど静かな声が返ってきた。
「死者は悲しまないし、怒りもしない。何も考えないし責めもしない」
 捨之介を見つめる蘭丸の瞳は、冷たい月のような光を帯びていた。
「私はただ、眠りたい。何かも忘れて永久に」
「…生きていれば何かいいことがあるかも知れないぞ」 
 自分の説得が蘭丸に通じるか、捨之介には自信がなかったがそれでも言わずにはいられなかった。あの日から棺桶に片足を突っ込んだままの蘭丸を、この世に引き戻すために。
「あの方のいない未来に何がある? 私にとってそんなもの何の意味がある」
 綺麗だけれどおそろしく透明で、寒気すら覚える笑みを浮かべて、蘭丸が言う。それはすべてをあきらめた者…死に近い者特有のものだった。
 捨之介はそんな顔で笑う蘭丸を見たくなかった。あきらめてほしくなかった。どんなに蘭丸に憎まれてもいいから、生きていてほしかった。
「それでも、あの方はお前に生きろと言った。死ぬなと言った。違うか?」
「…その顔で、その声で殿のことを言うな」
「生きろ、お蘭」
 わざと大殿の口調をまねて捨之介が言う。
「やめろっ」
 蘭丸の声はすでに悲鳴に近い。
「…お前をこの世に引き留めた俺が憎いか、蘭丸」
 捨之介をののしるわけでもなく、以前のように泣き喚きもせずに、下を向いてしまった蘭丸に捨之介がたたみかける。
「…」
 蘭丸は答えずにただそっぼを向いた。その反応が蘭丸の心の傷の深さを表わしているようで、捨之介は胸が痛かった。
「憎いなら俺を殺しに来い。お前になら殺されてやるよ」
 信じられないものを見るような顔で、蘭丸が捨之介を見る。常々捨之介が言っていたことを覚えていたらしい。
「そのかわり、俺を殺すまで死ぬなよ。お前以外の奴に穀されてやるつもりはないからな」
「…お前こそ、その辺の女に刺されたりするなよ」
「せいぜい気をつけるさ」
 不敵な笑みを浮かべて、捨之介は部屋を出た。もうこれで自分の役目は終わったのだと思いながら。

 それから八年。
 関東髑髏党に追われているという沙霧を連れて転がり込んだ無界の里で、何故か捨之介はもめ事に巻き込まれた。と、いうよりは歌舞伎者たちに一方的に絡まれたというのが正しいのだが。
「…たいがいにしねえか、てめえたち!」
(短筒か?)
 そろそろ片づこうかとしたころに響き渡った耳をつんざく音に、一同の動きが止まる。聞き覚えのある音に、捨之介は音のした方向を探した。
 振り向いた先には、細く煙を吐く短筒を構えた若い男が立っていた。
「らんべいは~ん」
 今しがたまで捨之介にまとわりついていた女たちが、黄色い声を上げてぱたぱたと男の元に走る。
(じゃ、あれが…)
作品名:問わず語り 作家名:よーこ