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問わず語り2-挽歌ー

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(確かこの辺に・・・)
 捨之介が捕らえられた夜、蘭丸はこっそりと自室を抜け出した。
 前に見た、沙霧の絵図面を思い出して壁を押す。音もなく開いた壁の奥にある階段は城の地下に続いているらしい。
 昼間のうちに用意した明かりを手に蘭丸は階段を降りた。階段から続く細い通路の奥には手傷を負った捨之介が閉じ込められた牢がある。
「蘭丸殿!」
 目的地にたどり着くと、牢の前に槍を持って座っていた見張りの兵士が驚いたように立ち上がった。
「務めご苦労。天魔王様の命により、あやつを尋問する。下がっておれ」
「しかし、蘭丸殿・・・」
 反論しようとする見張りを蘭丸が睨みつけた。
「聞こえなかったか。私は下がれと言ったのだ」
「・・はっ」
 不承不承見張りが退出した。完全に姿が見えなくなったのを確認して蘭丸は牢の中を覗き込んだ。手にした明かりで中を照らすと、捨之介が床に瀕死の様子で横たわっている。
「・・蘭兵衛?」
 蘭丸がいるのに気づいたか、弱々しい声が蘭丸を呼んだ。
「ああ、俺だ」
 短く答えて蘭丸が明かりを床に置いた。自分をまだその名前で呼んでくれる人間がいることが嬉しかった。
「傷は浅いのだろう」
「ばれてたか」
 横になっていた捨之介が勢い良く起き上がる。とてもさっきまで死にかけていたようには見えない。それもそのはず、捨之介はほぼ無傷だったのだから。
「俺がわからないとでも思ったか。どうせ贋鉄斎あたりが作ったんだろう」
「ご明察。でも袋叩きにされたようなもんだから、痛ぇんだぜ」
 捨之介を救ったのは、着物の下に着けた蘭丸のものよりさらに薄く作られた鎖帷子だった。
 確かに蘭丸の言った通り、捨之介の身を案じた贋鉄斎の特別製だったのだが、当の捨之介は嫌々着ていたのを蘭丸は知らない。
「何を考えている、捨之介。ここに乗り込んでくるなんて」
「お前さんと話をしたかったのさ」
 鉄格子の中で捨之介が微笑んだ。
「・・話すことなんてない」
 ぽつりと蘭丸が呟いた。
「そうか?俺は聞きたいね。何故、お前はここにいる。俺はあの時、動くなと言ったはずだぜ」
「それは・・・」
 蘭丸がうつむいた。近づいてくる足音に顔を上げると、目の前で捨之介が蘭丸を見つめていた。蘭丸の愛してやまない大殿と同じ顔に見つめられて、蘭丸は思わず目をそらしてしまった。とても正視できなかった。
「今日は正気だな。やっと話ができる」
「・・・」
 城に来てからずっと飲まされていた夢見酒の毒に蘭丸の身体が慣れたのか、いつの間にか飲んでも以前のように酔わなくなっていた。しかし、酔っていた間に自分がしたことを知らないわけではない。刀を振るった時の高揚感を、殺した女たちの悲鳴を、はっきりと覚えている。たとえ夢見酒のせいだとはいえ、あの時の蘭丸は殺戮を楽しんですらいた。
「・・・女たちを、里を守りたかった。でも、俺が全部駄目にしてしまった」
「何だって?」
 小さな呟きを、捨之介が聞きとがめる。
「女たちを斬って、里に火をつけた」
 まるで他人がしたことを話すように、抑揚のない声音が蘭丸の唇から零れる。
「…あいつのせいだな」
「俺のせいだよ」
 唸る捨之介に、蘭丸がひっそりと笑った。
「俺がここに来たから…天魔王に寝返ったから」
「違うだろ。どうして悪いほう悪いほうへ考えるんだか。お前さんの悪い癖だな」
 捨之介が大きくため息をついた。
「それはもういいんだ。今日はお前に頼みがあってここに来た」
「なんだ?」
 蘭丸は懐から小さな包みを出した。かつて肌身離さず持っていた算盤の珠をはずしたものだった。
「これは…お前の算盤の珠だよな」
 包みの中身を改めた捨之介が怪訝そうに尋ねる。
「これをあの方にお返ししてくれ。俺にはもう・・・持っている資格はないのだから」
「蘭兵衛、お前まさか」
 いささか不穏な言葉を聞いて、捨之介の顔色が変わる。
「自分がしでかしたことのかたは自分でつけるさ」
 苦い笑みを乗せて、蘭丸が答えた。
「そうか。だったらこれは俺が預かる。・・・だが、預かるだけだぞ。殿に返したいのなら、お前が返すのが筋だろう」
 包みを懐にしまいながら、捨之介が蘭丸を見つめる。蘭丸は小さく首を振った。
「…俺にはもうあの方の前に出る資格はないよ」
 捨之介の目を見つめて、蘭丸が言った。
 天魔王と同じ顔を持ちながら、どうして捨之介の瞳はこんなにも優しいのだろう。幾分色の淡いその瞳を見ながら、蘭丸は思った。
「蘭兵衛・・?」
「…俺はもう汚れてしまったよ、捨之介。あの方の前には出られない」
 驚くほど淡々と蘭丸は告げた。いつだって、捨之介には余計なことまで話してしまう。昔も、今も。
不意に、捨之介の手が伸びて蘭丸の肩を掴んだ。
「それは…お前が悪いんじゃない」
 鉄格子越しに蘭丸を抱きしめる捨之介の声は震えていた。
「いいか蘭兵衛、死ぬんじゃないぞ。絶対に生きてここを出るんだ。俺と一緒に」
「…覚えておくよ」
 短く答えて、蘭丸が捨之介の腕をやんわりと解いた。ぐずぐずしていたら、その腕のぬくもりにすがってしまいそうで怖かった。
 どんなにそうしたくても、捨之介と共に城を出ることが出来ないのは自分がいちばん知っている。
 すべて自分が壊してしまったのだ。もう戻る場所などどこにもない。この世のどこにも。
 部屋に戻れば、また天魔王と顔を合わせなければならない。蘭丸は重い足取りで牢を後にした。


作品名:問わず語り2-挽歌ー 作家名:よーこ