【米英】LOST HEAVEN
楽園というからには、砂漠のオアシスのような場所だろうか。でもそれが失われたとなると、今はもうないということか。失ったものを探すにはどうしたら良いのだろう。
俺たちは世界地図を眺めて途方に暮れた。それは途中の街で手に入れたもので、まるで見たことのないものだ。合っているのかいないのかさえも俺とアメリカには判断がつかなかった。
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「ああ、満腹だぞ!」
満足そうな声で回想から戻ると、夕飯は綺麗に平らげられていた。不味いと云いながらも全部食べたらしい。腹をさすりながらアメリカはその場に仰向けになった。思いっきり草の上だが、野宿三日目ともなると俺も気にならなくなってきた。
「そりゃ良かった。けど食べてすぐ寝るなよ、太るぞ」
「運動してるから大丈夫なんだぞ。……って、そういう君も寝るのかい?」
その隣に横になると、呆れた顔でアメリカが突っ込む。
「だって疲れたし……ふわぁ……食べたからか、急に眠くなってきた」
「イギリス……」
アメリカは何か云いたげな表情をした。
「あ?」
もう一度出そうになったあくびを噛み殺して返事する。すると静かな口調で、彼は云った。
「……見つかると、思うかい?」
「え?」
何を、と聞く前にアメリカは続ける。さっきとは打って変わった真面目な顔つきだ。
「俺たちの探しものさ。何となく、いつまでも見つからない気がするんだ」
「アメリカ……」
どくん、と胸が鳴る。
それは俺も思ってはいたが、考えないようにしていたことだ。だけど楽天家であるはずのアメリカが口にしたことで、不安が一気に膨れ上がる。
探しているものが見つからなければ、どうなってしまうのだろう。老師の云うように、この世界は滅びるのだろうか。そうしたら、俺たちはどうなる?
だがそれを恐ろしく思う頭の片隅で、ふと、ある考えが過ぎった。
――この探し物をしている限り、俺はアメリカとこのままずっと一緒にいられるのではないか?
「……いや、ごめん、変なこと云って」
その声ではっと我に返る。……俺は一体、何を考えてるんだ。どうかしている。
「もう寝よう。おやすみ」
アメリカは視線を合わせずにそう云うと、身体ごと向こうを向いてしまった。動揺した顔を見られなかったことにほっとしながら、その背中に返事する。
「あ、ああ……おやすみ」
それから目を閉じる。だけど今の会話で眠気がどこかに吹っ飛んでしまったようで、中々寝付くことが出来なかった。
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風の音に混じって、かすかに草の擦れる音が聞こえた気がした。
「……ん……」
いつの間にかまどろんでいたらしい、少し肌寒さを感じて、俺は重い瞼をそっと開けた。
視界は真っ暗だ。まだ夜中らしい。
「……?」
何となく違和感を覚えて、じっと暗闇を見つめる。そして俺は、隣で寝ていたはずのアメリカの姿がないことに気がついた。
「……アメリカ?」
ゆっくりと身を起こすが、近くにはいないようで、返事がない。用を足しにでも行ったのだろうか。
そう思ってしばらく待ってみるが、十分、二十分と経ってもアメリカは戻らない。いくらなんでも遅すぎる。心がざわつき始めた。
何しろアメリカは今、役に立たない銃しか持っていない。さっきのドラゴンのような敵に遭遇していたとしたら、対抗出来ないはずだ。
「……ロスト・ヘヴン」
急にその単語が脳裏に浮かぶ。
――それが見つからなければ、この世界は破滅へと向かうであろう。
――俺たちの探しものさ。何となく、いつまでも見つからない気がするんだ。
老師とアメリカの言葉が順に蘇る。すると酷く怖くなって、居ても立ってもいられなくなってきた。立ち上がり、歩き始める。どこに行ったのかなんて分かるはずもないから、足が赴くままだ。
足元は暗くて良く見えない上にそこかしこに木の根が這っている。躓きそうになりながらも、どんどん先へ進んで行く。そうしてどのくらい歩いただろうか、不意に視界が開けて、明るくなった。
「……!」
どうやらそこが出口のようだ。いかにもゲームの中らしい、唐突に森はそこで終わっていて、街への入口と思われるところに、大きな門があった。そしてその下には、一人の人物の姿。
「アメリカ! 無事だったんだな?」
そこに立っていたのは、アメリカだった。見たところ怪我もなく、元気そうだ。ほっとして近づいて行くと、ああと無邪気に笑う。
「やあイギリス、君が来るのを待っていたんだ」
「待っていたんだ、じゃねえよ! 夜中に一人で行動すんな、心配するだろうが!」
けれどアメリカはそれには答えずに云った。
「イギリス。宝探しはもう止めないかい?」
「え?」
俺は足を止めた。台詞の意味が分からずに聞き返す。
「宝探しって、ロスト・ヘヴン探しのことか? 止めるって、どうして……?」
それに答えるように今度はアメリカが歩いてきて、目の前に立つ。そして手を伸ばすと、呆然と見上げている俺の身を、その腕の中へと引き寄せた。
「あ、アメリカ? どうした?」
しっかりと抱きしめられて、思わず声が裏返ってしまうほど俺は戸惑った。アメリカがちいさかったときを除けば、こんなことをされたのは初めてだったからだ。
だけど俺の困惑を気にも留めず、アメリカは耳元で低く囁く。
「俺、思ったんだ。ずっとこのままでいたいって」
「……アメ、リカ?」
何やら様子がおかしい。いまや俺より遥かに大きくなった身体を抱きとめたままその名を呼ぶと、熱に浮かされたような声で、アメリカは告げた。
「俺、イギリスといたいんだ。世界がどうなったって構わない。いいだろう?」
甘く響く声に、ぐらりと思考が揺らぐ。
ああ――、俺だって、お前と一緒に居たい。
そう答えようとして、だけど、言葉が出なかった。唐突に違和感の正体を知ってしまったからだ。
――いや、そうじゃない。俺はそれを、ここに来たときから分かっていたはずだった。
「だ、だめだ……っ」
俺は呻いた。そして力の抜けかけていた身体に懸命に云い聞かせると、手に力を込めて目の前の男を突き離した。
「イギリス? どうしたんだい?」
アメリカは哀しげに尋ねた。いや、そうじゃない、こいつは――。
「お前は……お前は、アメリカじゃない」
「どうして、そんなことを云うんだい?」
云いきった俺に、心底、不思議そうに首をひねる。だけど俺は確信していた。姿形も声もアメリカそのものだが、違う。
「このままでいたいとか、アメリカは云わない。ましてや、俺といるために世界がどうなっても構わないとか、云うはずがない。……絶対にだ」
胸を押し返した手のひらを見る。そこは土いじりをした後のように汚れていた。
「だけどそんなのがなくたって、お前が偽者だってこと、俺は知ってたんだ。だって……」
そこで言葉を止める。アメリカの形をしたそれはいまや表情を失くして、黙って続きを待っている。この先を云ってしまえばすべてが終わることを俺は知っていたが、云わずにはいられない。ごくりと喉を鳴らし、俺はそれを口にした。
「だって、お前を作ったのは俺なんだから。そうだろ?」
作品名:【米英】LOST HEAVEN 作家名:逢坂@プロフにお知らせ