裏切りの誘惑
「僕もご飯まだでしたから、喜んで」
微笑む帝人に四木は手を伸ばす。その様がまるでエスコートする紳士のようで、似合ってはいるけれど、それを受けるのが自分であるという事実にまた笑った。そんな帝人を四木は何時も以上に柔らかく、そして熱を孕んだ眸で見つめていたことを帝人だけが知らなかった。
臨也とはまた違った大人の人の手に、帝人はゆっくりと自分の意思で腕を伸ばし、触れた。指先の冷たさに僅かに震えたけれど、躊躇なく掴んだ手にそれすらも掻き消える。
そこに背徳も罪悪も不安も無かった。あったのは、引かれていた線を乗り越えてしまった得も知らぬ高揚感だけ。
行きましょうかと笑う四木に、帝人もまた笑った。
繋がれていた手とは逆の手がポケットに忍び、親指が静かに携帯の電源を落とす。見えるはずのない画面が真っ暗になるのを感じながら、手を引く大人と共に夜の街へと融け込んでいった。
(裏切りを重ねる貴方へ)
(これもまた裏切りなのでしょうか?)