B.PIRATES その2
力強い抱擁に、白哉が戸惑いながら名を呼んだ。
「う…浮竹…?」
「……ああ…。」
こんな今の俺の顔は、誰にも見せられん…と、浮竹は思っていた。
胸が張り裂けそうだった。
…嬉しい。
…愛してる。
…愛してる、白哉。
想いは言葉となって口にでた。
「…愛してる。」
「…浮竹…」
「…やさしく抱くと、誓う。」
「そんなことは口に出すな馬鹿者…!」
白哉の回された手が、浮竹の背中を叩いた。
浮竹は、クスクス笑いながら、白哉を抱き上げ、壊れものを扱うように大切に、寝室のベッドに横たえた。
少し震えながら、真っ直ぐに浮竹を見上げる白哉は、壮絶なまでに、美しかった。
触れることが、罪かと思われるほどに。
「…白哉……」
何かに許しを請うような、感謝を捧げるような、怖れを抱くような想いを感じながら、浮竹は、白哉に身を沈めた。
……その夜の行為は、この上なく、神聖なものに思えた。
・・・・・・・・・
『昔私は思っていたものだった
恋愛詩など愚劣なものだと
けれど今では恋愛を
ゆめみるほかに能がない 』
_____中原中也______
***********************
『 薄暮か、
日のあさあけか、
昼か、はた、
ゆめの夜半にか。
そはえもわかね、
燃えわたる若き命の眩暈(めくるめき)
赤き震慄(おびえ)の接吻(くちづけ)に
ひたと身顫(みふる)ふ一刹那(いつせつな)。 』
―――北原白秋 「接吻の時」―――
浮竹十四郎は、大切そうに白哉を抱きかかえ、寝室へ入った。
浮竹の腕の中、少々居心地が悪そうにしながらも大人しく抱かれていた白哉は、浮竹が寝室に足を踏み入れた瞬間だけ、ぎゅっと身体を強張らせた。そして、俯いていた顔を軽く上げ、部屋を見渡すようにゆっくりと目線を流した。
ベッドが目に入った。
白哉の胸の鼓動が急に早くなり、戸惑うようにベッドから逸らされた白哉の目線は、次に、ベッド脇に置いてあったランプに止まった。
小さなランプが灯す、か細い明かりは、それでも、ベッドしか置いていない小さな寝室には、充分すぎるほどの明かりだった。
「…浮竹…。」
そう呟いて、白哉は、浮竹の顔を見上げた。
浮竹は返事を返さず、白哉を見つめて、愛おしそうに微笑み、ゆっくりと、白哉をベッドに横たえた。
「…浮、竹…」
僅かに震える声で、何かを懇願するように名を呼ぶ白哉に、浮竹は、聞いていない振りをするかのように、優しく口付けをした。
キスをしながら白哉のシャツのボタンをすべて外し、すっと唇を解放した浮竹は、露になった白哉の白い胸元を、真剣な表情でじっと見つめ、他の残る衣服をすべて取り去ってしまおうと、手を伸ばした。
「浮竹…!」
白哉が、困ったように、また浮竹を呼んだ。
浮竹は手を止めて、白哉に顔を寄せた。そして囁くように「何?」と言った。
白哉の心臓がまた、跳ねた。
…いままで見たことのない、顔だ。
白哉は、至近距離にいる浮竹の顔を見つめて、そう思い、浮竹から目を逸らしたい衝動に駆られたが、一瞬だけ口をきゅっと引き結んでから、掠れる声で言った。
「…明るい…。」
白哉の言葉に、浮竹はちらりとランプに目線をやって、「ああ」と気付いたように呟いた。
…解っていたくせに、意地が悪い…。白哉はそう思って、浮竹を軽く睨みつけながら、「消してくれ」と言ったが、浮竹は白哉の頬に触れるだけのキスをして、耳元で「駄目だ。」と囁いた。
白哉は少し驚いた顔をして、抗議めいた口調で言った。
「このままでは…嫌だ。」
「何故?」
白哉は耳元で囁く浮竹の熱い吐息に身体を震わせながら、返答に窮し、言葉を濁した。
「何故…って、浮竹…、…このままでは…」
「…見たい。」
浮竹は、白哉の言葉を遮るように、そう囁き、白哉の首筋をきつく吸った。
「……っ…!」
白哉の身体がびくりと反応し、瞬間上がりそうになった声を、手で抑えて止めた。浮竹はそんな白哉を、情欲を含んだ瞳で見つめながら、有無を言わさぬ声で言った。
「見せて。」
そう言いながら、白哉の衣服に手を掛ける浮竹に、白哉はもはや、逆らうことが出来なくなっていた。
白哉の羞恥を誘うように、浮竹はゆっくりとした手つきで、白哉の衣服をすべて取り去った。
…綺麗だ…。と、浮竹は思った。
男に向かって綺麗だなどと言うな、と、白哉は怒るかもしれない。だが、目の前に、何も身に着けずに横たわる愛しい人を、他にどう表現したらいいだろうか。
浮竹は、白哉の裸体をうっとりと見つめながら感嘆のため息を吐いて、思った。
…なんで、こんなに肌が白いんだろう…。
浮竹は、そう思って、ふと不安になった。自分の無骨な手が、この白哉の美しい肌を傷つけはしないかと。白哉の身体を、心を、壊してしまうのではないか、と。
…触れたら、白哉が壊れてしまうのかもしれない。
傷ついて、壊れて、
…俺の腕の中から消えてしまうかも…しれない…。
浮竹の心に、妙な不安が広がった。
浮竹自身は、何故、己がそんな不安に駆られるのかは解らなかった。自分が、何をそんなに恐れているのか、解らなかった。
ただ、目の前の白哉が、…自分の腕に抱かれようとしている白哉が、あまりにも、儚げに見えた。今にも消えてしまいそうなほどに、儚げに見えたのだ。
…白哉は、俺に抱かれることによって、…本当に、俺のものになるのだろうか…。
ずっと、俺の傍に、居てくれるんだろうか…
「浮竹。」
白哉の呼びかけに浮竹は、はっと顔を上げ、白哉の裸身から目線を外し、白哉の顔を見た。
白哉は、恥ずかしさを隠そうとするように、表情に怒りの色を見せながら、非難めいた声で言った。
「観察も、大概にしろ…!」
「あ…、ああ、すまん…」
浮竹は、その不安げな顔を白哉から一瞬だけ目を逸らし、白哉に向き直って、小さな声で尋ねた。
「…触れても…?」
「……。…何を言っている…。」
…今更。とでも言いたそうに、白哉が訝しげに眉根を寄せて答えると、浮竹は真剣な、切なそうな顔をして、白哉に言った。
「触れたら、お前は、傷ついたり、しないか?」
「………。」
「俺は白哉に触れたい…。白哉が欲しい…だが…、」
…傷ついた白哉は、俺の前からいなくなってしまう…。
そんな気がするんだ…。
浮竹はそう思い、根拠のない己の不安を白哉に伝えることができずに、口を噤んだ。
「………浮竹…。」
浮竹をじっと見つめていた白哉が、そっと浮竹の手を取り、すり寄せるように自分の頬に当て、小さなキスをした。そして、ゆっくりとその手を、自分の胸元に促した。
「…白哉…?」
「今更、何を恐れているのだ、浮竹。」
いつもの凛とした眼差しで、白哉が言った。
「お前は、今初めて私に触れるようなことを言うが、そう思うのか?」
「…?…」
「…触れたというなら、お前はもう、私の心に触れている…。お前は私の心の奥深くまで入り込み、掻き回し、そして奪ったではないか。
作品名:B.PIRATES その2 作家名:おだぎり