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B.PIRATES その2

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 とうとう白哉は被っていたシーツを浮竹に叩きつけるようにして起き上がり、浮竹に向かって怒鳴った。
 浮竹は謝りながら愉快そうに笑って、怒りをぶつけてくる白哉を抱きしめた。
 白哉が可愛くて、愛おしくて、嬉しくて、浮竹は満面の笑みをもって白哉を優しく抱いた。
 白哉は、そんな浮竹の笑顔と抱擁に、怒りを忘れた。
「すまん。しつこかったな。許してくれ白哉。」
 そう言う浮竹に対して白哉は、すでに許してしまっている自分が恥ずかしくなり、怒りを治めていない表情を無理やり作って見せて、
「……このまま大人しく眠るのなら、許してやる。」
と言った。浮竹は「うん。」と素直に言って、白哉の額に軽くキスをして、抱きしめていた白哉を先に優しくベッドに横たえてから自分も横になった。
「お休み、白哉。」
「………。」
 白哉は浮竹をじっと見つめていた。
 そして、何か思ったように一瞬目を伏せてから、浮竹の方へ身を寄せた。そして、きょとんとする浮竹に半ば覆いかぶさるようにして、浮竹の唇に自分の唇を重ねた。
「…ん…」
 驚いたように、浮竹の口から声が洩れた。
 ほどなく白哉のほうから唇が放された。浮竹は満足そうに嬉しそうに微笑んで、「ありがとう」と言った。
 白哉は、礼を言われることはないのに、と思いながら、「眠れ」と言って、浮竹の頬を一回優しく撫でてから、ベッドにもぐりこみ、最初のようにむこうを向いて横になった。
 浮竹は後ろから白哉を抱きしめた。
「…愛してるよ。」
 そう、呟いてから、「お休み、白哉」と言って、目を閉じた。
「………。」
 白哉は答えなかった。 
 ただ、
 幸せそうに頬を染めて目を閉じ、
 そして辛そうに眉を顰めた。

* * * * * * * * * * * * * * * * * *


『いいえ、朝です、朝なのです。
 雲雀の音色は美しい音色だとよく人は言うけれど、
 それは真ではありません、
 恋し合う二人の仲を裂く悲しい音色ですもの。』

     ――シェイクスピア
「ロミオとジューリエット」――





 白哉は、浮竹の眠りが早いのを知っていた。
 少ししてから、すぐ後ろから深い寝息が聞こえてきたのを確認すると、白哉はゆっくりと浮竹のほうを振り返り、じっと浮竹の寝顔を見つめた。

「………。」

 …愛しているなどと、言うな……。

白哉はそんなことを思った。そしてひどく切なそうな顔をして、浮竹の胸に額を押し付けた。
浮竹の鼓動を聞きながら、白哉は心地よさそうにひとつ、ため息を吐いた。

…幸せ、だった。
愛する者に抱かれ、身体を重ねて…。与えられる快楽にすべてを委ねた。…幸せだった…。

 たとえば、目を閉じて、このまま目覚めなかったら……?

 白哉はそんなことを考えた。

 このまま目覚めなかったら…、
それはこの上ない幸福かもしれない。
 このまま二度と朝が来なければ、
 いつまでもこうして、幸福の中に包まれていられるのだろうか…。
 …だが、朝は必ず来る。
 無情な朝の光は、夜の甘美な夢を一瞬にして消し去るのだ。


 白哉は浮竹を悲しそうに見つめてから、そっと口付けた。


 眠ろう。


 このまま起きていたら、いつ目覚めればいいのか。
 この甘美な夢から目覚めるには、眠らねば、ならない。
 …目を閉じて、もう少しだけ、この腕の中で、
 夢を、見よう。


 白哉はそっと目を閉じた。


 静かな夜だった。聞こえるのは、浮竹の吐息と鼓動だけだった。感じるのは、浮竹の温もりと愛された証だけだった。

 今、この世には、二人だけしかいないのだと思えた。

 そんな、夢を、
 白哉はその夜に見た。
                 
* * * * * * * * * * * * * * * * * * *


 『相思の情をとげたとか恋の満足を得たとかいう意味の恋はそもそも恋の浅薄なるものである。
恋の悲しみを知らぬ人には恋の味は話せない。』

     ―――伊藤左千夫 「春の潮」―――


 このまま、朝が来なければいい。
 この夜ほど、そう願ったことはなかった。
 それが叶わないなら、このまま一つになれたらいい。
 そして、世界のすべてから、見放して欲しい。
私と彼を、どうか、見捨てて、欲しい……
 どうかこのまま…。
 …永遠に、このまま……。

 白哉は、浮竹の腕に抱かれながら、そんな夢を見ていた。
 幸せで、享楽的で、我儘で、ひどく、絶望的な夢を。

 …ああ…。夢から覚めなければ。

 夢は夢。現は現。 私は、現実に生きているのだ。
 …覚めなければ、ならない…。

 
「………。」
 まだ、夜が明けきらないうちに目を覚ましたのは、白哉のほうだった。

  ……暖かい……。

 そう思ってゆっくり目を開けると、白哉の体に浮竹の長い腕が絡まっており、その広い胸に包まれるように、後ろから抱きしめられていた。
 白哉の頭上で、浮竹の深い寝息が聞こえた。
 目を閉じて、浮竹に意識を向けると、浮竹の、心地よく一定のリズムを刻む、心臓の鼓動が聞こえた。

  ……暖かい。

 白哉はもう一度、そう、思った。
 この腕の中では、何も恐れるものはないと思えた。

 愛され、守られている。 それが、こんなにも安心出来ることだったとは……。
  …こんな幸福を、私は知らなかった……。

 目を閉じ、浮竹に包まれ、温もりと安心を心から感じていた白哉であったが、やがてゆっくりと目を開き、ふ、とため息をついて、浮竹を起こさないよう息をひそめて、浮竹の腕からすり抜け、ベッドから降りた。
 散らばった服を拾い集め、着込んだ。上着は何処で脱いだだろうか。白哉は軽く辺りを見回した。

 軍服の上着は…。そう、確か窓際で…

 そう思い、窓際に置かれていた軍服を捜し当て、羽織った白哉は、ふと、眉間に皺をよせた。

 ……重い。

 いつも着ていた軍服のはずが、やけに、重く感じた。

 …重くて、冷たい……。

 先ほどまで、体に感じていた浮竹の温もりが、軍服に吸い取られるように消えていった。
「………」
 白哉は、自分の体を、ぎゅっと抱きしめ、ベッドで眠る浮竹を返り見た。

 ……浮竹……
 …軍服が、重いんだ……
 お前のせいで……こんなにも…

 白哉はぎゅっと目を閉じた。

 …覚悟はできていたはずだ。こんな思いを抱く覚悟は。

 そう己に言い聞かせ、白哉は浮竹に背を向け、部屋の出口へ向かった。
 扉を開けてから、白哉は、もう一度、振り返りたい想いに駆られたが、目を伏せ、振り返ることなく、浮竹の部屋を後にした。


 どれくらいの時が経ったのだろうか。既に、朝日は昇りきってしまっていた。部屋には陽光が容赦なく射しこみ、浮竹は眩しさに眉間に皺を寄せた。そして、まだ夢の中にいるようなぼんやりした頭で、まず昨夜の事を思い出した。
 ああ、起きなければ。と、浮竹は思った。
 もう放さないと誓った。白哉を傍から放さないと誓ったんだ。
 眼を覚まして、白哉を抱きしめなければ・・・。
「……白哉…?」
作品名:B.PIRATES その2 作家名:おだぎり