B.PIRATES その2
「お前がそれを言うのか? 市丸討伐のために、海賊を利用しようと決断したのはお前だぞ、朽木。」
「……。」
白哉は顔を顰め、不愉快そうに口を噤んでしまった。常に冷厳な態度と表情を崩すことのない白哉のそんな姿を初めて目の当たりにした日番谷は、僅かに驚いたような表情をし、己の失言を謝罪した。
「悪い。今のは皮肉だったな。俺も結構イラついてるみてぇだ。…どうあれな、朽木。結局、浦原にとっては、海軍は信用ならねぇってことなんだよ。解らないでもねぇな。今の海軍は権威主義、利己主義に塗れてる。…イシャンティカの財宝の存在が、軍内で公になりゃ、内部で奪い合いの大戦争が起こるであろうことは容易に想像できる。汚すぎて、反吐が出るぜ…。」
「…。…反吐が、出ますか…。」
日番谷の大胆な発言に、驚いたように白哉が反復した。日番谷は悪びれもせずに口元だけでにっと笑って、「下品だったか? 内緒だぜ、朽木」と言った。そして、その表情をまた真剣なものに変え、重みのある声で白哉に言った。
「どちらにしろ、敵は市丸だ。イシャンティカの剣の奪還を浮竹に任されたとしても、海軍が参戦しないわけにはいかねぇ。 朽木。お前に浮竹船に就いてもらいたいのは、浦原が浮竹にコンタクトを取って来たとき、事情が把握できる海軍側の者をその場に同席させるためだ。 お前しかいねぇ。頼めるか。」
「…承知。」
白哉は短く応えた。
話は、それで終わりのはずだった。だが、白哉は、日番谷にどうしても聞いてみたいことがあった。そのため、退室するのを一瞬、躊躇した白哉を見て、察した日番谷が「なんだ?朽木」と尋ねてきた。白哉は少し戸惑うように目線を下げてから、日番谷に聞いた。
「…海軍は、浮竹パイレーツに比べて信用が無いのだと、閣下は仰った。海軍より、浮竹パイレーツのほうが、正義を遂行している組織だとお考えですか…?」
「………。」
日番谷は無言で白哉を見つめた。白哉は日番谷から目を逸らさなかった。
白哉の、上司に対するその質問は、海軍将校として許されるものではなかった。
海軍は正義。海軍は絶対。
疑ってはならない。背いてはならない。
絶対的正義である海軍に背く者は、すべて悪である。
その信念を、白哉は今まで、徹して貫いてきた。だが、浮竹に出会って、迷いが生じた。
…海軍は…浮竹よりも劣っているのだろうか…?
白哉は、答えが欲しかった。己の迷いをかき消す、確固たる答えを知り、心の不安を、この揺れる思いを断ち切りたかった。
海軍という組織の中でしか生きたことの無い白哉にとって、広い視野を持った浮竹との対話は、深みのあるものだった。だが、浮竹は、確固たる答えを白哉に教えてはくれなかった。浮竹は、白哉に多くのヒントを与え、道を指し示してくれる。だがいつも『後は自分で考えろ』というようにして、対話が終了するのだ。
…私は、どうしたらよいか、解らない…。
だから白哉は、日番谷に答えを求めた。いっそ、海軍は絶対なのだと、言って欲しかった。それだけで、白哉は安心できた。自分が身を置いている場所が、すなわち自分の生きる道が、正義なのだと信じることができる。それでやっと、自分の足元が固まる。信念を貫くことが出来る。…そう、思っていた。
だが、少しの沈黙を置いてから、日番谷が口を開いて白哉に言った言葉は、意外なものだった。
「朽木。…お前の考えは、0か100しかねぇんだな。」
「…? どういうことです。」
「『悪』か、『正義』か。お前にとっては、そのどちらかしかないんじゃないのか? その方程式に当てはめて、浮竹は『悪』で、海軍は『正義』だと決め付けてるんじゃねぇのか、朽木?…そんなもんじゃ、ねぇぞ。」
「………。」
答えることができない白哉に、何を思ったのか、日番谷は突然立ち上がって、部屋の隅にある接客用のソファに座った。そして、白哉に「お前はそこに掛けろ」と言って、自分の向かいのソファに促した。白哉は戸惑って、「いえ、私はこのまま。」と言った。海軍において、上官と部下と言う立場で、向かい合って同じ位置での談議などありえなかった。
「いいから座れ。…その位置がよくねぇんだ。」
座ることが命令だと判断し、白哉はソファに掛けた。だが、日番谷がふた言めに言った『位置がよくない』との言葉の意味は、理解が出来ずにいた。
渋々と日番谷の向かいに座った白哉に、日番谷はゆっくりと語り始めた。
「朽木。戦争に勝つには、兵が強くなければならない。強い兵に求められるのは、敵に向かう強靭な精神力だ。」
何の話なのだろうか、と思いながら、白哉は「解っています。」と短く答えた。日番谷は軽く頷いて、問いかけた。
「その精神力を養うのに、軍は、どんな訓練を行う?」
「…常日頃の肉体的な鍛錬と、厳格な軍の規律を守らせることを訓練としています。」
「そう、…拷問に近い、肉体的鍛錬と、権威的な上官が下す、非人道的で滅茶苦茶な規律を、徹底して守らせる。それを奴隷のように無言で耐え抜かせることが、軍の訓練だ。なぜ、そこまで非道な訓練をしなければならないのか、解るか?」
「………。」
白哉は、答えることができなかった。白哉は、貴族の出身で、今ある地位は、はじめから白哉に用意されていたポストであった。一兵卒の厳しい訓練の模様を視察した経験はあれども、その訓練を自らが受けたことも、携わったことも無かった。体験をしたことがない。知らないのだ。
口を噤んだ白哉に向かって、日番谷は更に言った。
「戦争に勝つには、敵を殺さなければならない。必要ならば、女子供でも、容赦なく、な。…軍は、命令に絶対的に従うことを、兵に教え込む。 『何も考えるな、命令に従え。』『殺せ。』『お前はただの駒だ。』『道具でしかないお前が、国のために戦えることを誇りに思え。』ってな。」
「………。」
「厳しすぎる訓練の本当の狙いは、兵の機械化にある。いかなる極限状態にあっても、命令に背かない獣を作り出すため。
すなわち、人間としての精神を破壊すること。人間の尊厳を根こそぎ剥奪することにある。」
「……」
…狂っている。と、白哉は思った。
無論、どこかで、海軍のその練兵のシステムは理解していた。白哉とて、何も知らないわけではない。過去に心理学者が分析した、『人間精神の破壊によって、人間は極限状態を乗り越えることが出来、更には極めて残虐な行為も平然と遂行することができる』との論理を軍に導入し、精神的に奴隷化、機械化された兵を作り出すことによって、軍は、敵に対する情や甘さを排除したのだ。
そして結果、戦争に勝ってきた。功績を挙げた。軍隊は、戦いに勝利することにその存在理由があるのだ。その上で、軍の練兵システムは完璧であった。
だが。
それは、正しいのか。
軍は、治安と平和を望む。そのために、悪と戦う。そして、それに勝利するために、このような非人道的な所業を行う…。
矛盾を、しているのではないか?
何のための戦いなのか。何のための正義…なのか…。
「海軍は、権威主義的だ。」
そう言った日番谷の言葉に、白哉は、はっと我に返った。
作品名:B.PIRATES その2 作家名:おだぎり