B.PIRATES その2
「強固な組織を創るため、『上官の命令は絶対だ・軍は絶対だ』と教え込む。そして、更には、治安維持の名目を掲げて、民衆にその思想を教え込む。 …昔の大戦時に、とある島国が戦に勝つために採った策略と似たようなもんさ。『カミカゼは吹く。天皇は神である。逆らうな、崇拝せよ。心を一にして、我らに従え』と、時には圧力を加えながら、教え込む。…そうして…」
「そうして、民衆は洗脳され、男は戦場で獣と化し、残された母子は、万歳と叫ぶ。」
「そう。…海軍が目指すのはそれだ。国粋主義、全体主義的な権威国家。その縮図が、今の軍の体制だ。」
日番谷の言葉に、白哉は汚いものでも見たように眉を顰め、日番谷に尋ねた。
「ならば、…軍の行っていることは…。」
「正義か悪か…か? 最初の話に戻るが、そうじゃねぇんだ、朽木。 極端な現状だけを露呈すると、確かに海軍の体制は悪だ。だが、実際に政治に軍が介入する今の国家体制においては、軍は、組織に対しても、民衆に対しても、そういった体制を強いるしかない。そしてそれで、現在、大きな暴動も戦乱も無く、治安が維持できているのも紛れもない事実だ。
軍が、正義か悪かと問われたら、…どちらでもない。大悪を防ぐために、小悪を犯しているのだ、何が悪いんだと、胸張って言うしかねぇ。」
「そんな……、…だが、いずれ必ず間違うのでは? 自由な思想を押さえつける権力に対し、民衆は必ず蜂起する。民衆は、物ではなく、考える……、」
言いながら、白哉は、ふと気付いた。
これは、浮竹の言葉だ。浮竹が、民主主義と平和の原点を、私に説いたときの言葉そのままだ。
そうか…そういうことなのだ。軍の権威主義体制は、部下や一兵卒の人間としての尊厳を軽んじ、更には民衆全体の命の尊厳を軽んじ、蔑視する。それで、世の中がうまく回ると思っているのだ。民衆は、愚かではない。人間は、愚かな生き物ではない。尊い、生命の個なのだ。 …浮竹は、私にそれを理解させようとしていたのだ。
言葉の途中で、突然口を噤んでしまった白哉に、日番谷は訝しそうにしながらも、白哉の次の言葉に期待をしていた。日番谷自身も思い、考えていることを、白哉が理解し、話してくれる気がしていた。
「民衆は、考える…? 葦か?」
待ちきれずに、日番谷は白哉に、そう問いかけた。その言葉に白哉は、ふ、と表情を和らげて、「パスカルですね」と言った。日番谷は「解るか?」と言って柔らかな笑顔を見せた。
白哉は、日番谷のそんな嬉しそうな態度に多少驚きながらも、その笑顔に穏やかな表情をもって返し、話題に上がった偉人のことを考え、ふと思った。
…『ブレーズ・パスカル』か・・・。…若干12歳にしてユークリッド幾何学の第三十二命題の証明を成し遂げ、恐るべき天才と呼ばれた数学者・物理学者。そして偉大な哲学者・宗教者でもあった。 …多くの宿命を背負って生きた若き天才パスカルに、この若き上官は、何か思うものがあるのかもしれない…。
そう思った白哉は、日番谷という人間に対する認識が変わった気がした。その時、白哉が今まで持っていたギスギスした上下意識が消えたことに、白哉は気づいていただろうか。対等な目線で対話をせねば、心を開いた関係は築き合えぬことに、気付いていただろうか。浮竹が、同じ事を白哉にしたように。
何はともあれ日番谷は、白哉の打てば響く迅速な、それでいて柔和な反応と態度にに気を良くし、続けて言った。
「朽木。人間は、少しの圧力で息絶えてしまう、弱い葦のようなもんだ。だが、考える力がある。真理を求め、正義を追求する力がある。それが人間…民衆だと、俺は思ってる。」
…浮竹と、同じことを言う…。と思いながら、白哉は「私も、そう思います」と言い、更に続けた。
「ならば、民衆の思想を押さえつける、海軍の現体制は間違っている。…そう考えても、間違いはないのですね。」
「でかい声じゃ言えねぇが、そうだ。それが真理だと、俺は信じてる。」
「・・・では、・・・では、閣下は・・・。」
白哉はそれに続く言葉を濁した。・・・聞いていいものか。お互いの立場が悪くなる質問ではないのか?白哉はそう思った。だが、白哉の躊躇をものともせずに、日番谷は白哉の心中を言い当てて、言った。
「俺が海軍に背くのかどうか、聞きたいのか?」
「・・・! それは・・・、」
「安心しろ。謀反を起こしたりはしねぇよ。そんな馬鹿をやる気はねぇ。だが、このまま海軍に追従して、汚ねぇ権威の上に胡坐をかいて過ごすつもりも、さらさら無い。」
「・・・では?」
「海軍を、変えるさ。」
「?!」
途方も無いことを言う。と、白哉は思った。
一体どうやって? この巨大な組織を、大樹の根のように広く深く蔓延しているこの権威主義を。一体どうやって変えるというのか。
白哉は日番谷にそれを問い尋ねたが、日番谷は真顔で「策なんか無ぇ。」と言って、白哉を半ば拍子抜けさせた。だが、日番谷は極めて真剣な表情で続けて言った。
「・・・俺はな、好機を待ってるんだよ。長年にわたる海軍や海賊の圧力に苦しめられた民衆の不平不満は、今まさに最高潮に達していると俺は感じてる。 ・・・そんな中、市丸が世界を揺るがす財宝を狙って動き出した。それに乗って、全海軍も動いた。そして、今まで海軍とはデカいイザコザを起こさなかった浮竹までをも巻き込んだ。 …解るか朽木。 今まで何とか回っていた歯車が回らなくなり壊れかけている。世界の均衡が、崩れ始めている。」
「・・・時代が変わる・・・、世の中がその流れに乗ってきていると仰いますか?」
「ああ。 時代が変わるときには、必ず大きなうねりがある。それは大規模な戦争であったり、人間の精神の爆発であったり…、そのかたちは様々だ。 ・・・俺は、それが今、近づいてきていると、そう思えてならねぇんだ。」
「・・・・・・。そう、ですね。・・・歴史の興亡の流れを参考にして今の時代を検証すると、現代の時流は滅亡に向かっているように、私も思います。 ・・・だが、それは国家の滅亡・・・海軍の滅亡を意味する。・・・それは、阻止しなければならない。・・・それは・・・。」
白哉は苦悩した。
民衆にとって、海軍も、海賊も、いらない存在なのだ。それは解っている。
海軍が滅亡し、そして国家を民衆の手にすべて委ね、民主主義国家の実現を目指す。それは理想的なことであるのかもしれない。
だが、まだそんな時機ではない。無理なのだ。
民衆は、国の動かし方を知らない。そんな教育を、海軍は民衆に施してはいない。
そんな無知な者たちに国を委ねれば、国はたちまち秩序を失い、必ず乱れる。国は栄えず、民は飢える。絶望と不幸が国中を襲う。そうなることは日を見るより明らかだ。それが解っていて、民衆に国を委ねるわけにはいかない。
・・・民衆を愚かだと卑下しているわけではない。元はといえば、海軍が、国が、民衆を愚かにしたのだ。まともな教育を与えず、愚かにつくり上げたのだ。
作品名:B.PIRATES その2 作家名:おだぎり