B.PIRATES その2
それは何故か。・・・民衆が無知であるほうが、愚かであるほうが、国を動かしやすいからなのだ。海軍は、民衆に政治の汚職を知る知識も与えず、税を納めていれば国の恩恵で生きていけるのだと信じ込ませ、民衆を食い物にしてきたのだ。
・・・解っている。
国は・・・海軍は、正しくなどない。民衆の幸福のためを願わぬ国など、滅べばよいのだ。
だが、だが、前述したように、今は無理なのだ。
民の幸福を願うならば、今は、民に国家を委ねることはできぬ。
民の幸福を願うならば、私は、海軍の存続を断固守らねばならぬのだ。
「・・・・・・。」
険しい顔をして、黙り込んでしまった白哉に向かって、その胸中を察したらしい日番谷は、きっぱりと言った。
「当然、海軍の滅亡も国の滅亡も、断固阻止するさ。」
「・・・・・・。」
「そんなことより大事なのは、海軍の体制を変えることだ。言ったろ? だが、それをどうやってやるかなんて、今は解らねぇ。 ・・・現状をみて分かるように、時代は物凄いスピードで動いている。昨日まで正しかった常識ってやつが、今日はもう通用しなくなってた・ってこともあり得る。 そんな中で、海軍を変えようとあの手この手で策を巡らしていても無意味だ。・・・いいか、朽木。必要なのは、時流を見抜く眼だ。真に正しい道を知り、見抜き、それに突き進むことだ。」
「・・・時流と、正義を見抜く眼、ですか・・・。」
日番谷は、白哉に向かって、少し表情を和らげて言った。
「朽木。俺は、お前が浮竹のところに行くのは、良い事だと思うぜ。」
突然浮竹の名前が出たことに白哉は驚き、心臓の鼓動が早くなるのを感じた。
そして嫌そうな表情を無理に作って見せて、「何故です?」と聞いた。日番谷は、他意のなさそうな顔で白哉に答えた。
「浮竹が義賊だって事は、方々からの報告で知ってたが、浮竹船滞在中のお前の報告書を読んで、思った。 ・・・浮竹は、いい男だな。」
「・・・どういう意味です・・・。」
「言った通りの意味だが・・・、・・・気分でも悪いのか朽木? 顔色が悪い・・・っていうか、赤いぞ?」
「お気になさらず! ・・・大丈夫です、続けてください。浮竹が、なんですか。」
「?・・・ああ。 浮竹は、時代を見据える正しい眼を持ってる、そんな男だろう? お前の報告書から、それが窺えたぜ。 お前が浮竹の傍にいる事は、お前にとっても、これからの海軍にとっても、そして国にとっても、有益であると思うんだ。
お前は、時代を正しく見る眼を持たなければならねぇ。海軍には、そんな人材が一人もいねぇんだ。 ・・・浮竹の元で、多くのものを見て、知って、自分のすべきことと、歩むべき道と、真に正しきものを見極めて来い。」
「・・・浮竹の元で、ですか?」
「海軍の中に居ては、視野が狭くなる。 世界的見地から、物事を判断できるようになるには、もっと広い世界を見なきゃならん。 なぁ?浮竹は、視野が広いだろう?」
「・・・。・・・ええ。」
「物事を正しい眼で見極め、道理を知っている。」
「その通りです。」
「いい男だよな。」
「まったくです・・・。」
そう答えて白哉は、はっと我に返った。日番谷の会話のペースに乗せられて、返答をしてしまった。しかも、明らかに顔が緩んでいた。それも、浮竹を思い出してしまったことが理由で。
白哉は大いに焦り、突然居住まいを正して、やや語調を強くして日番谷に言った。
「かなり、長話をしてしまったようで申し訳ありません。閣下の意向は解りました。即刻、浮竹パイレーツに書簡を出し、私も追って出立いたします。浮竹のアジトの潜入も、浦原とのコンタクトのことも、すべてお任せを。」
そう一気にまくし立て、すぐにでも席を立とうとする白哉を、日番谷は止める理由もなく、少々気圧されたようにしながら「無事を祈る」と月並みな言葉を添えて退出の命令を出した。
日番谷との話はそれで終わりだった。白哉は出立の準備をすべく、早々に総督府を辞した。
屋外へ一歩出ると、柔らかな陽射しの射す美しい庭がある。海軍の美意識や、特権意識が集約されたような、隅々まで管理の行き届いた、穏やかで、美しい、庭である。
白哉はふと立ち止まり、総督府を振り返った。そして、日番谷との会話を思い出した。
「……海軍は、信用ならない、か…。」
そう、呟いたとき、目の前にある荘厳な建物が、陰り懸かって見えた気がした。
メッキのようだ、と、白哉は思った。
風光明媚な建物は、権威主義の象徴…。正義を唱える美辞麗句は、真の行動をともなわぬ雑言に過ぎぬ…。
私が信じた正義とは、海軍そのものであった。
だが、…どうだろう? 私の信じたものは、こんなものだったのか? 権威主義・利己主義に塗れた海軍…それが、私の信じていたものの実態であったのか…?
白哉はそう考えたが、すぐに、否と自分の考えを否定した。
…違う。海軍は正道を貫いている。土地を統治し、民衆を統治する立場である以上、海軍は正義でなければならない。
そう、海軍は…絶対的な善なのだ…。今は、まだ、それを信じていなくてはならない。そうしないと、私は戦えぬ・・・。 私は、ひたすらに信念を持って戦ってきた。それがなければ、・・・私は戦えぬのだ・・・。 海軍を信じて、私は戦うのだ・・・。
己に強く言い聞かせるようにそう思ってから、白哉は荘厳にたたずむ総督府から顔を背け、再び正面に向き直った。
視線を巡らすと、庭園の向こうの防壁の更に向こうに、雄大な海原が見えた。遠くに見える水平線は、その上に広がる真青な大空と美しく調和し、どこまでも自由な輝きを帯びて見えた。
そして白哉は、その海の向こうにいるであろう、浮竹を想った。
…あの向こうに、浮竹が、居る…。
…海軍が正義の存在なら、浮竹は、何なのだろう?…浮竹は海軍の敵である海賊だ…。ならば浮竹は忌み嫌うべき、悪…?
…違う。浮竹は、決してそんなものではない。
…では、…何だ?
白哉の疑問に、答えられる者は居なかった。実際、浮竹という人物の深さを知らない軍内の者たちに、そんな問いかけができようはずもなかった。日番谷にも、正しい答えは聞けそうになかった。白哉に答えられるのは、…話せるのは、浮竹十四郎だけだった。
浮竹と、話そう。と、白哉は思った。
また、話せるのだ。尽きることのない対話を、浮竹と…。
白哉の胸が、高鳴った。
……会える……。
白哉は、胸の前で拳をぎゅっと握り締め、目を閉じ、軽く首を振った。
浮かれていてはいけない。あの時、何の為に別離を決断したのか。為すべき事は何か。それを、忘れてはいけない。
イシャンティカの財宝…。
それを手にしたものは、世界の覇者となれるという伝説の財宝。
それをめぐって、多くの血が流され、争いが起こったといわれる、世を破滅に導く呪われた財宝。
決して、市丸の手に渡してはいけない。いや、誰の手にも渡ってはいけない。それを阻止するのが私の役目だ。
浦原喜助が本当に浮竹のところへ来るとは限らぬ。 私は、市丸からイシャンティカの剣を取り戻すために、浮竹に市丸を殲滅させるよう仕向けたのだ。
作品名:B.PIRATES その2 作家名:おだぎり