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B.PIRATES その2

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そう、私は、最後までその任務を遂行することだけを考えねばならぬ。
 責任は、大きい・・・。浮ついた心で挑んで成せることではない。気を引きしめて、ゆかねば…。
 白哉は、そう、自分の心を誡めていた。
 だが。

 …だが…もし、浦原喜助が、浮竹に協力を申し出てきたら、浮竹は、どうするだろう?
 共に、戦ってくれるのだろうか…。目的を同じくして、私と、共に。

 白哉の胸が、淡い期待に、鼓動を強くした。
 白哉は、思いを抑えることができずに、ふ・と、喜びに震える吐息を漏らした。目の前の美しい海を、感動の面持ちで見つめた。

 浮竹に、…また、会える…。

 そう思う白哉は、胸の高鳴りを押さえることは出来なかった。

 ――――海の風が、優しく白哉の頬を撫でた。




『  恨みなはてぞ世の運命、
   無限の未来後にひき
   無限の過去を前に見て
   我いまここに惑あり
   はたいまここに望あり、
   笑、たのしみ、うきなやみ
   暗と光と織りなして
   歌ふ浮世の一ふしも
   いざ響かせむ暮の鐘、  』


  ――――土井晩翠「暮鐘」――――――


 海軍との伝達係を務めていた、四楓院夜一分隊・副隊長の砕蜂が、朽木白哉からの書簡を携えて浮竹船に戻ってきたのは、白哉が浮竹の元を去ってから三日が経過したその日であった。
 海軍からの書簡は、重要文書であるため、船長か副船長に直接手渡すように義務付けられている。
 ゆえに砕蜂は、いつものように書簡を片手に、真っ直ぐ船長室へと歩を進めた。が、途中、誰かに呼び止められて、砕蜂はその足を止めた。
 呼び止めたのは、志波海燕分隊・副隊長の志波空鶴であった。
「よう。ひさしぶりじゃねぇか、砕蜂。今戻ったのか。」
 そう声を掛けながら歩み寄ってくる空鶴を、砕蜂は少々訝しげに見つめた。
 二人は、同じ副隊長であるとはいえ、隊が違うという理由を別にしても、仲が良くはない。砕蜂の上官である夜一は、空鶴と深く懇意にしているが、砕蜂とはほとんど会話も交わしたことがない。元々、性格も正反対の二人であるから、会話のペースも違えば、話の内容が合って盛り上がるということなどもありえなかった。そして、空鶴はマイペースな性格から、砕蜂に対しても誰に対しても、気を遣うということはしない。砕蜂も、空鶴とは違った意味で人に気遣う性格ではないが、夜一以外の他人と馴れ合うのを極端に嫌う。それゆえか、砕蜂のほうが明らかに空鶴を敬遠していた。
 声を掛けられるのは不愉快だと言わんばかりの渋面で、砕蜂はこちらに向かってくる空鶴を見たが、ずかずかと砕蜂の目の前まで歩み寄ってきた空鶴は、無遠慮に話しかけてきた。
「海軍からの書簡を持って戻ったんだろ? 海軍とこっちを行ったり来たりの繰り返しで、お前も大変だな。」
「…別に。他の隊員と順次交代しながらの任務だ。さほど苦ではない。」
 いつもながら剛毅な態度と口調で話しかけてくる空鶴とは対照的に、砕蜂は、無表情のまま淡々と受け答えをした。
 しかし空鶴は、そんな砕蜂の態度に調子を乱されることなく、突然話しを変えて、尋ねてきた。どうやら、その質問が本題のようだ。
「ところで、砕蜂。お前、最近夜一と会ったか?」
 砕蜂は、一瞬だけ片眉をぴくりと上げて、質問の意図を探っているような顔をした。そして少しだけ口を噤んでから、「…ああ。」と言って、続けた。
「夜一様とは、先日、私が隊の船に帰還したときに一度だけ会った。そのときは夜一様に任務の報告をしただけで、大した会話もしていない。それだけだが、…何故だ。」
「いや、夜一がなかなか本船に帰ってこねぇから、どうしたのかと思ってな。お前にも話は伝わってるだろう?近々、本船をはじめ、ほとんどの船がアジトに帰還するんだよ。それで、全船の指揮官に、一旦ここに集まるようにと伝達を出したんだが…。」
「夜一様から、連絡がないのか?」
「連絡は来たんだが、『ややこしい問題を持ち込まれたから、それを持って直接アジトに向かう』って、一方的な文書を寄越して、それっきりだ。意味がわかんねぇ。『ややこしい問題』って何だ? お前、何も知らねぇのか、砕蜂?」
「…知らぬ。」
 砕蜂は、短く答えた。そのとき一瞬だけ、砕蜂が何か思い含めたような表情をしたのに、空鶴は気が付かなかった。
 空鶴は、「そうか。知らねぇなら仕方ないな。」と言って、気だるそうにひとつため息を吐いた。砕蜂は、そんな空鶴を見ながら、「話は終わりか?」と問い、空鶴の返事を待たずに、突然、持っていた海軍からの書簡を、ずいっと空鶴に差し出して言った。
「話が終わりなら、私は下船する。これは、空鶴殿から船長に手渡してくれ。」
「は?何言ってんだ。お前の仕事だろうが。」
「急ぐのだ。…急ぎ、…次の、場所へ行かねばならん。頼んだぞ。」
「って、おい…。」
 いつになくせっかちな様子で、有無を言わさない口調の砕蜂に、空鶴は書簡を受け取るしかなかった。
「仕方ねぇな。渡しといてやるよ。急ぐなら、さっさと行きな。」
「ああ。」
 砕蜂はそう言うとすぐに空鶴に背を向けて去ろうとした。だが、ふと立ち止まり、空鶴を振り返って、「空鶴。」と呼んだ。
 既に浮竹の元へ行きかけていた空鶴は、その声に振り返って、「何だ?」と尋ねた。
 砕蜂は、空鶴をじっと見つめ、一瞬目線を揺らせてから、一言呟いた。
「……すまんな。」
「…? ああ。」
 空鶴が不思議そうに短く返事をしたのを聞いたのか聞かなかったのか、砕蜂はすぐに踵を返し、乗って来た船に乗り込んで、浮竹船を離れてしまった。

「…おかしな奴だな…。」
 去っていく砕蜂を見送りながら、空鶴がぽつりと呟いた。


* * * * * * * * * *


『 四海の波瀾収まらで
  民は苦み天は泣き
  いつかは見なん太平の
  心のどけき春の夢
  群雄立てことごとく
  中原鹿を争ふも
  たれか王者の師を学ぶ

  丞相病篤かりき
  丞相病篤かりき    』


    ――――土井晩翠「星落秋風五丈原」――――――


 同じ頃。
 京楽は、船長室で浮竹の仕事を代行していた。
 それは、いずれ浮竹がこの船を去ってしまったときの、その後に備えて、今まで浮竹一人の手に任せっぱなしだった業務のすべてを、今のうちから京楽に委ねていこうという二人の考えからであった。
 そのため、浮竹と京楽は、最近はいつも二人で共に仕事をしている。
 京楽が手早く書類に目を通し、それに対する指示をさらさらと書き込んでいくのを、ずっと黙って傍らで見ていた浮竹だったが、とうとう我慢が出来なくなって口を出した。
浮竹は京楽に向かってゆっくりと、半ば感心したように、そして半ば呆れたように、話しかけた。
「京楽。仕事が速いのは感心するが…。処理が少し、いい加減過ぎやしないか?それじゃ、部下が困るだろう。 もう少し細やかなところまで指示を与えるとか、現場に自ら入って、直接見て指示するとかするべきじゃないのか?」
 京楽は、仕事の手を休めず、浮竹のほうを見もしないで、いつもの調子でのんびりと答えた。
作品名:B.PIRATES その2 作家名:おだぎり