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B.PIRATES その2

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「うんうん、そうだね。それも一理ある。だけどね、浮竹。人それぞれ、仕事のやり方と、ペースがあるんだよ。そりゃぁ、今までそういうやり方で完璧な仕事をしてきた浮竹は凄かったよ。でも、僕に同じやり方でやれって言われても、無理な話だよ。」
「…そう、か?」
 不安そうな浮竹に京楽は、ふふ、と笑って言った。
「お前は、人任せが嫌いだからなぁ。何でも自分でやってきただろう?それはそれで、立派な指導者の資質だけど、そういうやり方では、部下や人材が育ちにくいという欠点がある。僕としては、部下に細かすぎる指示なんか与えずに、自分で考えさせて、行動させて…、そうやって『自分で考え動く能力』を養っていく方がいいと思うんだよ。それによって、人材は育っていくんだからさ。」
「そうか。成程な。」
「それに、そのほうが僕の仕事が楽だ。」
 浮竹が感心して相槌を打ったその直後に、京楽が本音らしき言葉をさらりと吐いた。
 浮竹はがっくりと項垂れて、「結局そこか…。」と残念そうに呟いた。そんな浮竹を見て、京楽はからからと笑って、「冗談だよ」と言ったが、そんな言葉で、今の浮竹の不安が拭い去れるとは思ってはいなかった。
 …不安だろうなぁ…。と、京楽は思っていた。
 実際、浮竹という揺ぎ無い大黒柱がいてこそ、今までこの組織は磐石であった。それは京楽も、他の船員も、そして浮竹自身も認めていることである。
その浮竹がいなくなってしまったら、どうなるか。
組織内に動揺や不安が広がるのは、防ぎようがない。組織に対する不信感や、反感を持つ者までが現われることも考えられる。
およそ国家にしても、組織内にしても、世代交代が為される際には、こういった不穏な動きがつきものである。故に、後事を担う次代の指導者には、その不穏を押さえるに足る、何かが必要なのである。
それは、カリスマであり、威厳であり、長たる技量である。
浮竹には、それがあった。そして何よりも、白哉が愛した、人間的な慈愛と寛容さがあった。
京楽に、それらが無いわけではない。だが、周りの者は、浮竹の代わりとなる指導者には、浮竹と同じものを持った人物を望むことだろう。そうでなければ、不安だからである。人は、変化を恐れるものだから。
京楽は、浮竹にはなれない。それは解りきっている。
では、どうしたらいいか。
京楽は、自分らしく、自分のやり方で、ベストを尽くすしかない。そう、考えていた。それしかないのだ。
そして、浮竹も、それしかないことが解っていた。
…だが。
「どうしたって、不安だろうねぇ…。」
 京楽は、書類を机にパサリと置いて、溜息を吐きながら浮竹を振り返って言った。
「楽観的に考えなよ、浮竹。うちには、夜一や、海燕や、愛しい七緒ちゃんや麗しい卯ノ花君たちといった、すんごい人材が揃ってるじゃないか。それぞれが適材適所で頑張ってる。だから、大丈夫だよ。」
「…解ってるさ。」
「そう言いながら、解ってない顔してるってこと、解ってる?浮竹。」
 京楽は、じっとりと浮竹を見て、少々恨めしそうに言ってから、腰掛けていたソファを立って、壁際に立っていた浮竹に、つかつかと歩み寄った。そして、真正面から浮竹をじっと見すえた。その真剣な表情に、浮竹は多少動揺して、京楽が何を考えているのか、何を言い出すのかと身構えた。
京楽は低い声で、ゆっくりと言葉を発した。
「…僕はね、浮竹。」
「…な・何だ?」
「………僕としてはね…。自分って、中国の漢を興した劉邦と、同じような才覚があると思うんだけど、…如何?」
「………はぁ?」
 浮竹は、京楽のあまりの大言に、口をあんぐりと開けて、間抜けたような表情を見せた。
 …劉邦? 劉邦?!あの、400年続いた漢王朝を興した、偉大な劉邦と京楽が同じ才覚?! 寝惚けてんのかこのヒゲは。
 浮竹は、呆れを通り越して、少しばかり怒りを感じた。そして、一言、言った。
「…バカじゃないのか?」
「うわぁ。そういうこと言う?僕ぁ真剣なんだよ?傷つくじゃないの。」
「あぁ。わかった。わかったから、泣きそうな顔をするな。気持ち悪いから。…聞こうじゃないか。何でお前が劉邦なんだ?」
 仕方なくといった風に尋ねる浮竹に、京楽はにんまり笑って答えた。その答えは、意外にも理論的だった。
「劉邦はさ、元は小さい町のならず者で、一人じゃ何もできない男だったろう?そんな男が、なんで秦の始皇帝の座を奪って、宿敵項羽を倒し、漢土を手に入れることが出来たと思う?」
「…配下に、良い人材が揃っていたのが一番の要因だよな。」
「そう。劉邦の元には、人材が多く居た。劉邦は、人望が厚かったんだ。そしてそれに輪をかけて、人を使うのが、物凄く上手かったのさ。蕭何、張良、陳平、その他多くの臣下が、劉邦のためなら命を懸けてもいいと思って働き、戦ったんだよ。」
「へぇ。」
「あ。ここで注意しとくと、僕にそんな人望があるなんて、大それた事は思ってないからね。大事なとこは、人を上手く使う手腕ってところだよ。劉邦は王という立場でありながら、臣下を心から信頼し、尊敬すらした。大事な戦にあっても、指揮権をあっさりと重臣に委ねたりしたところに、臣下への深い信頼がうかがえるよね。
劉邦に関する、面白い話があってね。劉邦は、多くの臣下に簡単な指示を与えて、後は任せっぱなしだった。それが彼のやり方だった。彼には、人を見る目があったからね。適材適所に置かれた人材は、劉邦に簡単な指示を与えられただけで、その持ち場でうまく仕事をやり遂げていたんだよ。 だが、突然、異例のことが起こった。ある一時期、劉邦は軍師の張良に、戦の指揮の一切を任せてしまったんだ。張良は、有能な人物だった。自分で何でも知っておき、すべてを自分で管理し、指示をしないといけない、几帳面な性格だった。 果たして、結果はどうだったか? とうぜん、敏腕軍師である張良の働きは完璧だったさ! だけど、その期間に、張良は、あっという間に心労でガリガリに痩せてしまい、『私には、むりです』と言って、あっさり大軍総帥の権限を劉邦に返してしまったのさ。」
 浮竹は、興味深そうに聞いていたが、最後のくだりでとうとう吹き出してしまい、愉快そうに笑った。そして、突然むせたように咳き込み、胸を押さえながら「ああ、スマン」と、笑って言った。京楽は更に続けた。
「そう、そこで、劉邦の言った言葉がまた良いんだ。『公にすべてを任せていれば、わしは楽だと思っていた。そんなに心労が伴うか』とね。そして、『わしは馬上で居眠りをしているだけだ』と言ったんだ。」
「ふうん。興味深いな。…つまり、劉邦はよほど神経が図太いということか。大軍を動かすのに、そんないい加減なことでは、つとまらないだろう?」
「だからぁ、それはお前の性格と考え方だってば。いいかい?僕の読んだ書では、『劉邦は空虚だ』と書いてあったよ。臣下は、劉邦のその空虚を埋めるために、必死で考え、戦うんだ。臣下は、それを好としている。 逆に、張良が大将だと、すべての行動が張良の管理下にないといけないから、いちいち上に指示を仰がないと先に進めないのさ。それによって、大将、臣下、共々に、妙な緊張や疲労が伴うのさ。」
作品名:B.PIRATES その2 作家名:おだぎり