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B.PIRATES その2

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 盲目の男の冷静な判断は、京楽の追撃を振り払った。男は豪快に窓ガラスを体当たりで破り、ガラスの砕け散る音と、飛び込んだ水音を残して、海の中へ消えた。
 駆け寄って、割れた窓から下を覗き込んだ京楽は、水に浮かぶ窓の木枠やガラスの破片、そして男を飲み込んだ海の波紋を見て、残念そうに、ふう・とため息をついた。

 …今のこちら側に、追っ手をかける余裕はない…。やられたね…。
 京楽は水面を見ながら考え込んだ。

 まあいい。敵の正体は分かった。 確かあの男、市丸の配下の東仙要だ。
 しかし… 理解できないことが多い。敵の目的は明らかに白哉君だった。
 白哉君がこの船に居ること…すなわち、同盟締結の情報がこんなにも早く、市丸に漏れてるってことだよね? 一体どこから?
 そして、ここまでの無謀をして、市丸が白哉君を狙う理由がどこに?

「……。」
 京楽は無精ひげをしょりしょりと撫でて、常に垂れ下がった目でぼんやりと虚空を見上げ、
 …なんか、あるな…。
 と、思った。
 京楽は、にやついたその顔から、いつもぼんやりしてだらしない男のように見られるが、恐ろしく観察力や推察力があり、鋭敏な判断能力がある。浮竹も、京楽の判断に従って間違いがないことをよく理解していた。
 …さぁて、白哉君がこの騒動の火種だとすると、今後の、白哉君への対処をどうするよ?浮竹。

 そんな京楽の思考は、白哉の声によって中断させられた。
「浮竹!」
 と叫ぶ白哉の声に、京楽は、浮竹が受けていた傷のことをはたと思い出し、部屋から駆け出た。
 戸口から出たと同時に『浮竹。大丈夫かい?』と呼びかけようとした京楽は、目の前の光景を見て口を噤んだ。
 血まみれの廊下で、白哉に寄りかかるようにして座り込んでいる浮竹を、白哉は抱きかかえるようにして止血をしていた。
「動くな。痛いだろうが我慢しろ。かなり深い。」
 白哉が腕の付け根にきつく布を縛ったとき、浮竹が痛みを堪えるように低く悲鳴を上げた。
 その浮竹の声に苦い顔をした白哉が、吐き捨てるように言った。
「まったく貴様は…! なんて無茶をする!」
 浮竹はそんな白哉の言葉が聞こえていないのか、そっと白哉の手を取り、心配そうな顔をして尋ねた。
「白哉。大丈夫か? どこも怪我してないか?」
 白哉の苦い顔は、怒りの顔に変わった。
「お前は馬鹿なのか?!怪我をしているのは自分だろう!人の心配ではなく自分の心配をしろ!」
「だってお前ずっと一人で戦ってたじゃないか!姿は見えないし、滅茶苦茶心配したぞ! 見ろ!この辺だって、血の海じゃないか!」
「ここにあるのは敵と、ほとんどが貴様の血だ馬鹿者!!」
 
  …なんだか、入り込める雰囲気じゃない。
 京楽はそう思った。
 痴話喧嘩を最後まで聞いているのも馬鹿らしく思い、京楽は、呆れたようにため息を吐きながら、二人の横を通って、救護班を呼ぶべく船外に出て行った。ちなみに、二人は京楽の姿など少しも見えてはいなかったので、京楽がその場に居たことも立ち去ったことも、最後まで気付いてはいなかった。
「ともかく黙れ!むやみに動くな!脇に布を挟んで腕を押さえてじっとしていろ!」
 応急で止血を終えた白哉は、声を張り上げるのを止めて、ふ・と、目を伏せて息をつくと、腕を押さえながら壁にもたれかかって座る浮竹を真っ直ぐに見て、「浮竹」と言って話した。
「今回敵に気付かなかったのは、私の落ち度だ。あのとき私が斬られ殺されても、仕方のないことだ。私を庇うなどと、余計なことはするな。私の代わりに卿が傷を負っても、私はありがたいなどと思わぬ。」
 白哉は一呼吸置いて
「護ってもらうなど、迷惑だ。」
と、きっぱりと言い放った。
 じっと白哉の険しい顔を見ながら訊いていた浮竹は、その頑なな表情を崩すことのない白哉を見て、困ったように笑った。そして、
「すまん。」
と言い、穏やかに微笑みながら続けて言った。
「でも俺は、もう一度こんなことがあったら、同じようにお前を助けるよ。白哉。」
 白哉は、まるで聞き分けのない子供を目の前にした気分で、呆れと困惑の表情をして「浮竹…!」と抗議の声を上げた。
 浮竹は、はは・と愉快そうに短く笑って、
「俺のわがままだ。諦めてくれ。」
と言った。そして、じっと白哉を見つめて諭すように話した。
「俺はな、白哉。俺の目の前でお前に何かあるほうが嫌なんだ。 お前が傷つくと、俺は辛い。」
 浮竹は、自分の腕を見て、
「きっと、この腕の傷よりも痛い。」
 と言い、顔を上げて嬉しそうに白哉を見て、笑った。
「お前が無事でよかったよ。白哉。」
「……。」

 白哉は唇を噛み締めた。
 胸に何か熱いものがこみ上げてくる。
 悲しいような、嬉しいような、泣きたいような、妙な感情がこみ上げてくる。
 私に向けられる、浮竹の優しいその笑顔を見ているのが、何故だろう、とても、 …嫌だ。

 白哉は俯いた。

 …私は、この男が嫌いだ。

 白哉は、そう思った。

「どうした白哉。どこか痛いのか?」
 浮竹の声が、何だかふわふわとして白哉の耳に聞こえてくる。 白哉は顔を歪めた。その顔は、今にも泣きそうに見えた。

 …私は浮竹が嫌いだ。

 この男は、
 浮竹は、私を 壊すから

 ……嫌いだ……。

 

 白哉の胸にくすぶるものが、
 だんだんと大きくなってゆくのを、白哉は感じていた。


* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *



 『 愛したい思いを抑えるために
   自分の心に加える強制は、
   しばしば、愛する人のつれなさよりも
   つらいものである。 』

     ―――「ラ・ロフシュコー箴言集」―――――

 浮竹パイレーツ船が襲撃にあってから丸一日経った。
 白哉は、戦闘終結後、ただちに、浮竹船の付近に常に追随している海軍の船に一時身を置き、この度の事件の報告書を書きつつ、浮竹船の状態が落ち着くのを待っていた。
 その間、船の修繕は急ピッチで行われていたようだが、味方の負傷者が多数のため、怪我人の介護と同時進行での船の修理は、なかなか思うようには進まなかったらしい。
 案の定、その日様子を見に、浮竹船にやってきた白哉は、まだ破壊の跡が残る船内中を忙しそうに走り回り、疲れきった様子の船員たちの様子を見て、来なければよかったかと少し後悔した。
 しかし、負傷した浮竹の様子が気になっていたため、引き返すことは出来ず、白哉が船長室に向かおうと船内を歩いていた時、医療班の荻堂春信とばったり出会った。
 荻堂は、いつものようにぼんやりとした表情であったが、少し疲労の色が見え、大量の医療具を抱えて、かなり忙しそうであった。
 彼は白哉を見て、ゆっくりとした口調で訊ねた。
「なにしてんですか?朽木隊長。」
「浮竹の様子を見に来ただけだ。すぐ戻る。船長の怪我の具合はどうだ?」
「さあ。腕がぱっくり開いてましたんで、あれは相当痛いでしょうね。まぁ、すぐに縫って巻いたから、放っとけばいずれくっつくでしょう。船長が無茶しなければの話ですが。」
「…お前の船長のことであろう…?そのような、いい加減な処置でいいのか?」
作品名:B.PIRATES その2 作家名:おだぎり