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B.PIRATES その2

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 白哉は、浮竹の顔に触れた。指先で撫でるように頬に触れ、そのままゆっくりと、唇に触れた。
 ふ…と、浮竹の吐息が、白哉の指にかかった。
「……!」
 白哉は驚いたように浮竹から離れ、手を引いた。心臓は、痛みを覚えるほどに、激しい。

 浮竹に触れた指先が、震えている。
 浮竹の吐息がかかった指が、熱い。
 白哉は、その震える指先を、浮竹の唇に触れた指先を、自分の唇にそっと、押し当てた。
「………っ…」

 …死んでしまいそうだ…。 

 そう、白哉は思った。

 …胸が、つぶれる…。
 つぶれて……死んで、しまう…。

 白哉は、口元を押さえ、ひくりと喉を上下させ、嗚咽のような呼吸をした。
 苦しかった。 目尻に僅かな涙が浮かんだ。
「……浮、竹……」
 声にならない声でそう呟き、白哉は、ひどく切なそうな顔をして、浮竹をじっと見つめながら、ゆっくりと、顔を近づけた。

 そして、その震える唇を、浮竹の唇に、重ねた。

 それは、ほんの一瞬、重なっただけ。
 触れるだけのような、口付けだった。

 白哉は、すぐにばっと身を引き、唇を押さえ、後ずさった。

 …触れた…! …触れてしまった…。

 …ああ…  
 どうしよう。
 …どうしたら、いいのだ…

 白哉は、ぎゅっと目を閉じた。
 浮竹の唇の熱が移ったように、自分の唇が、熱い。


 …どうしたら、いい…

 白哉は、自分の震える身体を抱きしめて、その場にへたり込んだ。

「………。」


 …私は、…浮竹が…好きだ……。



 白哉は、絶望にも似た感情を抱きながら、そう、思った。



* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *



『もしも人から、
 何故彼を愛したのかと問いつめられたら、
 「それは彼であったから、それは私であったから」と
  答える以外には、何とも言いようがないように思う。』

       ―――モンテニュー『エセー』―――

 …最近、白哉が俺を避けている。

 浮竹十四郎は、そう、考えていた。

 市丸パイレーツの襲撃から十日も経ち、浮竹パイレーツはほぼ、通常の生活を取り戻していた。船の修繕も完璧に終わり、浮竹の左腕の傷もほとんど癒えている。
 ただ、白哉の態度だけが、おかしかった。
 以前のように、仕事はこなしている。軍議にも顔を出すし、その時には浮竹と話し合いもする。だが、プライベートで浮竹と二人になるのを、白哉は明らかに避けている。
 よくよく観察してみれば、浮竹と一言、短い会話を交わすときにでも、白哉に異様な緊張感があるのが見てとれる。

 …なんか俺、悪いことしたか…?

 浮竹は、困っていた。
 白哉の態度で、自分が嫌われた訳ではないのは解る。何かに怒っているわけでもないようだ。
 でも、避けられるのは…寂しい。浮竹は思った。

 …もう、我慢できん。何が何でも問いただしてやる。
 俺が何かしたのなら、もう、俺が悪くなくても何でもいいから、すっぱり謝ろう!

 白哉に会えない浮竹の寂しさは、絶頂に達していた。

 その日の軍議を終えると、浮竹は即座に白哉を捕まえた。
 話したいことがあるから、俺の部屋に来てくれと言った浮竹は、必死で拒む白哉を、半ば引きずるようにして強制的に連行した。
「俺のこと、避けてるだろ。白哉。」
 部屋に入って扉を閉めるなり、そう言った浮竹に、白哉は一瞬だけ目線を揺らしたが、「そんなことはない。」と、いつもの調子で言い切った。
「じゃあ、俺の目を真っ直ぐに見て、そう言ってみろ。」
 そう言って、浮竹は白哉の両肩を掴み、真っ直ぐに自分のほうを向かせた。白哉が抗おうとして両腕を振ったので、浮竹は白哉の両の二の腕を強い力で掴み、その動きを制した。
 白哉は息を詰まらせたような声を出して、怯えたように目の前の浮竹を見た。白哉の身体が微かに震えているのが解った。
「…何を、怖がってるんだ…白哉…。」
「怖がってなど、おらぬ。」
「白哉…。俺が何か、気に入らないことをしたのなら言ってくれ。謝ろうにも反省しようにも、原因が解らないから、俺はどうしたらいいのか分からん。このまま、お前と普通に会って話ができなくなるのは、俺はつらい。」
「………」
 白哉は、浮竹から目を逸らした。
 浮竹は、それが白哉の自分に対する拒絶の意だと思い、ひどく心を痛めた。
「…白哉…。」
 …嫌われてしまったか…と、浮竹は思い、深く落ち込んだが、
 よく考えたら、仕方のないことかもしれない。と、考えた。
 白哉は元々、他人と馴れ合うような性格ではない。
 浮竹が勝手に白哉を好きで、暇さえあれば傍に居り、色々語り合ったりしていたことは、白哉にとっては鬱陶しいことであったのかもしれない。
 もう、嫌気がさしたと言われても、仕方のないことなんだ…。
 浮竹はそう思い、掴んでいた白哉の腕を離し、悲しそうに言った。
「すまん、白哉…。俺が、身勝手だったよ。」
「…?」
 白哉は、戸惑いながら、不思議そうな顔で浮竹を見た。
 浮竹が何を考えているのか窺おうとしているのか、目を逸らさずに、じっと浮竹を見つめる白哉を見て、浮竹は、胸が詰まる思いがした。
 それは、自分に向けられる白哉の真っ直ぐな瞳を、久しぶりに見ることが出来たからであった。
 そのとき、浮竹は気付いた。

 …そうか。
 俺は、白哉のこの真っ直ぐな瞳が大好きなんだ。
 白哉は、言葉が少ない分、いつも、俺にこの瞳で語りかけてきたじゃないか。
 探究心も、期待も、喜びも、苦悩も、…寂しさも。
 それは、あまりにも真っ直ぐで、純粋で、…綺麗で。
 そう、すごく、綺麗で…。 俺は………。

 浮竹は、そこまで思って、軽く首を振り、無理やり思考を止めた。 

 これ以上、考えてはいけない。想ってはいけない。
 …自分の気持ちを、明確なものにしては、いけないのだ。

 浮竹は、耐えるように一瞬だけぎゅっと目を閉じ、ゆっくりと目を開けて、目の前の白哉に向かって、切なそうに微笑んだ。
「そう。俺が身勝手だったんだ。今気付いたよ。
俺は、お前の傍に居るのが楽しくて、…あまりに心地よくて…、お前が嫌がってることに気付かなかったんだ。
すまん…。もう、必要以上に傍に寄ったりしないから…」
「違う…!」
 浮竹が話し終える前に、白哉は驚いたように、そう叫んだ。
 浮竹も、そんな白哉の否定に驚いて、戸惑いの色を含んだ声で「違うのか?」と、言った。
「じゃあ、何故、俺を避けるんだ。俺の何がいけなかった?」
 再度詰め寄る浮竹に、白哉は、一瞬言葉を詰まらせてから、「それは…」と、言葉を濁してから、半ば自暴自棄になったように浮竹を睨んで、大声で言った。
「お前の言葉が…もう信じられぬのだ!」
「何…?」
「私は、海軍なのだぞ! 私を信頼するとか、…傍に居るのが、心地よい、とか! お前の言葉は嘘ばかりだ!
…同盟のために、双方の指揮官が信頼関係を結ぶのは必要なことだ。そうであろう?お前が私に言ったことはすべて、打算的な心から生まれた言葉だ!」
「何を言ってる、白哉!」
 白哉は、らしくもなく完全に取り乱していた。
作品名:B.PIRATES その2 作家名:おだぎり