B.PIRATES その2
白哉は、自分の心を否定したかった。
浮竹が好きだなどと、認めたくなかった。
騙されているのだ、と、思いたかった。
私は、騙されているのだ。浮竹の言葉に。
この男は、優しい笑顔と、心地よい言葉で、私を惑わせたのだ。
…嘘ばかりのくせに。
…私を『好き』だなどと、本心ではないくせに…。
「振り回された私が馬鹿だったのだ!お前は所詮、嘘吐きの海賊で…!私とは、相容れることなどないのだ!」
「白哉!」
浮竹が大声を出し、それで一瞬、白哉の声が途切れた。
「何が、お前を懐疑的にさせたんだ? 俺の言葉に嘘はない!お前の傍に居たいと思ったし、お前を心から信頼している!」
「嘘だ。信じぬ…!」
「白哉…!」
浮竹は、顔を歪めた。怒りからではない。悲しみからである。
白哉に信じてもらえないのは、ひどく辛くて悲しかった。嫌われたほうが、まだマシだったのかもしれない。
何が何でも、解って欲しい、信じて欲しいと浮竹は思った。
「何度でも言う。お前に嘘を言ったことはない。白哉…。どうすれば、信じてくれるんだ…。」
「…は…っ…」
白哉は嘲る様に笑い声を漏らした。しかし顔は笑ってなどいなかった。深い悲しみを含んだ表情だった。
「しつこい男だな浮竹…! どうやら、貴様は私に言った言葉を忘れているらしい。」
「俺が何を、忘れたんだ。」
「お前は…! 私に向かって、『好きだ』などと言ったのだ! この海軍である私に向かってだ! それが、私が信じられぬ言葉の最たるものだ。
…その言葉は、一体どういう意味なのだ、浮竹…。
仲間としての、信頼的好意を意味しているのか…?」
「……。」
浮竹は、一瞬言葉を失った。
…どう、言えばいい…。
俺は、白哉にその言葉を言ったときのことを覚えている。
…俺は、あのとき白哉に、嘘を吐いたのかもしれない。
自分を誤魔化し、偽りの心で、偽りの言葉を言ったのかもしれない。
そう考えながら、浮竹は、たどたどしい口調で答えた。
「俺、は…、お前を、仲間だからという想いだけで、好きだと言ったのではない。もっと…人間として、深く、お前が好きなんだ…。」
「………。…解らぬ…。」
浮竹の言葉に、白哉は激しく動揺した。
…浮竹が、私が浮竹を想うような感情を抱いているはずがない。
浮竹は、また、上手い言葉で私を騙そうとしているのだ…。
もう、言葉など聞いてはならぬ。信じてはならぬのだ…!
白哉は激しく首を振り、浮竹に言い放った。
「嘘である証拠だ。お前は、そんな曖昧な、たどたどしい説明しかできぬではないか。もう、お前の言葉など、聞きたくはない…!」
白哉は、浮竹に背を向け、部屋を出ようとした。
実際、白哉はもう一瞬でも浮竹の前に居ることが出来なかった。もう、苦しくて、切なくて、平常心を保っていることなど出来なかったのだ。
しかし、そんな白哉を浮竹は腕を掴んで引き止めた。
「白哉! 俺の…こんな気持ちを、言葉にすることなどできん。
だが、お前に信じてもらいたい。どうしても…! それまで、お前を行かせるわけにはいかない!」
…もう嫌だ…!
白哉は、勢いよく浮竹の腕を振り払い、浮竹に向き直って今にも泣きそうな声で叫んだ。
「言葉が出ないか!ならば行動で表してみたらどうだ、浮竹?!…仲間意識を超えた私への好意だと?そうなると、それは恋愛感情か? それならば簡単だ。…私を『好きだ』というなら、私を抱きしめ、口付けて、そう言ってみろ!!」
「……!」
白哉は、自分で何を言っているのか解らなかった。
浮竹が、困っている。…当然だ。
…いっそ、呆れてくれ…。と、白哉は祈るように思った。
…頼むから、私を見放して、「出て行け」と、言ってくれ…。
そうすれば、終わる…。私のこの想いも、お前との関係も…。
…次に私が発する言葉が、最後だ。これを言ったら、私は自ら出て行こう。
浮竹も、もう止めはしないだろう…。
絶望感にさいなまれながらそう思い、白哉は、浮竹から目を背け、掠れた声で言った。
「出来もしないくせに…! もう、私に構うな!浮…っ?!」
白哉は、最後まで言葉を発することが出来なかった。
そのとき白哉の唇は、白哉をきつく抱きしめる浮竹によって、塞がれて、しまっていた。
白哉は、驚きで目を見開いた。
「ん!……っ」
長いキスではなかった。しかし、深く、情熱的だった。
「…は…っ…」
唇が離された時には、白哉は全身を小刻みに震わせ、目を閉じていた。
目を開けるのが、怖かった。
心臓が激しく鼓動していて、とても、苦しかった。
「お前が好きだ、白哉…。」
白哉を抱きしめたままの浮竹が、耳元で囁いた。
白哉は、びくっと身体を震わせ、勢いで閉じていた目を開けた。
すぐ目の前には、真剣な目で白哉を見つめる浮竹の顔があった。
「…俺は、お前が好きなんだ…。白哉…。」
「………」
切なそうに眉根を寄せて言う浮竹の腕に抱かれて、白哉は微かに濡れた瞳で浮竹を見た。
身体が震えて、唇が震えて、言葉が出なかった。
…嘘…。嘘だ。…そんなはずがない…。
そんなことがあっては、ならない…。
白哉は必死で、浮竹の言った言葉を否定しようとした。
だが…と白哉は思った。
…私は、今、浮竹の腕の中にいる…
触れられ…口付けを…受けて…。
…浮竹の、温かい想いを受けて……。
白哉は、眩暈がしそうなほどの幸福感に包まれた。
白哉が初めて、眠っている浮竹に口付けたときも、今と同じように心臓の鼓動は煩く、胸が痛かった。そのときはただ苦しくて、切なかった。
だが、今、浮竹の腕に包まれてのその胸の苦しさは、それとはまったく違った。その、涙が出そうなほどの、不思議に甘美な心地よさに、白哉は陶酔した。
もはや白哉は、今まで自分の心に誡めてきた、己の海軍としての立場や節度などを、考えることはできなくなっていた。
目の前にも、自分の心にも、ただ、浮竹しかいなかった。
…浮竹…。
白哉は心の中で呟いた。
…もっと、確かな想いが、欲しい…。
私を、好きだというお前の想いが……。
そのお前の想いで、私を満たして、欲しい…
顔を伏せ、黙ってしまった白哉に、浮竹は半ば絶望的な、不安そうな表情で、恐る恐る言った。
「白哉、すまん。だが嘘じゃない。俺は…」
「黙れ、浮竹。」
白哉は顔を上げ、息がかかるほどの距離で浮竹を見つめ、囁くように言った。
「もう、いい。言葉などいらぬ…。もっと深く…私を、信じさせてくれ…。」
「白、哉…?」
酔ったように目を伏せて、小さく囁く白哉の微かな吐息が、浮竹の唇をくすぐった。
「浮竹…」
求めるように浮竹を呼ぶ白哉のその甘い吐息に、浮竹はぞくりと全身を震わせた。そして、浮竹の中にある熱いものを呼び起こした。
浮竹は、何かを考えることもできなかった。
「………っ…!」
たまらず浮竹は、白哉を狂おしいほどに掻き抱き、奪うように、白哉に深く口付けた。
「…んっ…」
白哉は、苦しさに顔を歪めた。
だが、その苦しさすら、幸せだった。
「…は…っ…」
作品名:B.PIRATES その2 作家名:おだぎり