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B.PIRATES その2

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 深い口づけを交わしながら、どちらのものかわからない荒い吐息が、一瞬だけ僅かに離れたお互いの唇の間から洩れた。
「もっとだ…。」
 そう、呟いたのもどちらなのか解らなかった。だが、もうどちらでもよかった。
 二人は、ひたすらお互いを求めた。
 そしてひたすら、重なり合う唇の甘美な快楽に、酔った。


 ――今、この瞬間、
 すべてを捨てたいと思った。

 だが、夢は、醒める。
 願いは、はかなく散る。

 二人ともそれを痛いほど解っている。

 だからせめてもう少し。
 もう少しだけ、夢を見させてくれと、

 二人はただひたすらに、
 お互いを求め続けた―――――――――。


* * * * * * * * * * * * * * * * * * *

『 あの姿がどこに行ってもつきまとう。
  夢にも、現にも、魂の隅々まで充たしている! 
  目を閉じると、ここの額の中に、内なる視力が集まるあたりに、あの人の黒い瞳があらわれる。 』

     ――――ゲーテ『若きウェルテルの悩み』―――

 それから数日が経った。いつもの通りの毎日だった。
 浮竹も白哉も、そつなく仕事をこなし、暇ができれば二人きりで語り合う。
 いつもと変わらぬ日々。そして二人の関係…。
 しかし、それは表面上のものだった。
 二人の心中は、決して穏やかなものではなかった。

 …浮竹に、好きだと言われた。

 …白哉から、求められた。

 好きだという想いを、相手が受け入れてくれた。互いの心が、通じ合った。それは、身が震えるほどの幸福であった。
 だが、互いの立場を考えると、所詮はいずれ別れなければならない相手であり、いずれ消し去らねばならない想いだと分かっているのに、こんな風に想いを通じて、一体どうなるのだろうか…?
 そうした想念が、常に、互いの心の裏にあった。
 浮竹も白哉も、「今だけ良ければよい」というような、快楽主義・刹那主義的思考は持ち合わせていない。常に先のことを考え、目的意識を持ち、感情に左右されず、信念のままに行動してきた。永続性のない、生産性のないことを、本能で避けていたと言っても過言ではない。
 こんな、予想外の事態に、二人は明らかに戸惑っていた。

 …ならば、愛さねば、よかったのか…。
 そう、二人は考える。
 しかし、その考えも、今となっては愚かしい。過去を振り返ってみたとて、現状が変わるわけではない。
 …ならば、どうすればいいのか…。
 浮竹も白哉も、互いに口には出さないが、この微妙な関係が長くは続かないことを解っていて、それでいて何も方途が見出せずに、普段どおりに接することしかできない現状に、多少苛立ちを覚えてきていた。
 白哉の、ぼんやりとする時間と、ため息をつく回数が、多くなっていた。

 …いくら考えたところで、仕方がない。私は、浮竹が好きなのだ。…私たちはきっと、こう、なるべくしてなったのだ。
 今は、浮竹に対する私のこの想いがこれ以上肥大化せぬよう、…ましてや感情の赴くままに、愚かな行動に及んでしまわぬよう、己を厳しく律することだ…。

 白哉は毎日のようにそう自分に言い聞かせながら、その日も、浮竹に誘われた時刻に、浮竹の部屋を訪ねた。
「よう、白哉。来てくれたのか。」
 浮竹はいつもの台詞と共に、嬉しそうな笑顔を白哉に向け、優しく白哉の肩を抱き、ソファへ促す。そして優しく、優しく語りかけ、微笑みながら話をする。
 そんないつもの浮竹の言動のひとつひとつに、白哉は胸が苦しいような、温かいような、そんな感覚を覚えていた。
 そしてその度に、白哉は、すっと浮竹から目線を外し、自分に言い聞かせていた。

 …この温かなひとときに、満足すべきだ。
 これ以上私は、…何を、浮竹に望むというのだ…?
 浮竹は、私とのこの語らいを好み、現状に満足しているのだ。
 そう、…私ひとりが、ただ愚かなのだ…。
 実際浮竹は、あの時以来…、一度も私に、…私に触れぬではないか…。

 そんなことを考えながら、深く心を沈めていた白哉だったが、ふいに近くで聞こえた浮竹の声に気が付き、驚いたように顔を上げた。見ると、さっきまで、テーブルを挟んで向かいのソファに座っていたはずの浮竹が、白哉が気付いたときにはいつの間にか白哉の隣に座っていて、今は白哉の顔を覗き込むようにして、話しかけていた。
「……なあ?…白哉?大丈夫か?」
「え?ああ…。すまない、何だ?浮竹。」
「…やっぱり聞いていなかったな。…白哉、最近多いぞ?ぼうっとして、今みたいに俺の話を聞いていないことが。…大丈夫か?疲れているんじゃないか?」
「いや…そ…そんなことは…。」
 至近距離に浮竹の顔があることに白哉はひどく動揺して、不自然に後ずさりながら「なんでもない…大丈夫だ」と言った。
 浮竹は、逃げるように浮竹から離れようとする白哉を、少し悲しそうな顔で見ていた。
「………。」

 …白哉は、気が付いているのだろうか…。

 浮竹は、心配そうに、そう思う。
 ここ数日の間、毎日毎夜、浮竹は悩んでいた。
 あの日、白哉に初めて口付け、想いを素直に伝えて以来、それまで押さえていた自分の感情が堰を切ったように溢れ出した。そして、そんな自分に、ひどく困惑した。
 自分が白哉を、これほどまでに愛していたとは、思いもよらなかったのだ。
 白哉の姿を見ているだけで、幸せを感じた。
 目が合うと、息が詰まるような感覚を覚えた。
 会えないときは、寝ても醒めても、白哉を想う。

 …なんだか…変態みたいだぞ俺…。

 そう考え、白哉に申し訳ないような気がして、深くため息をつく毎日であったが、それ以上に深く、苦しい悩みが浮竹にはあった。

 …白哉に、触れたいと思う。
 あの時の様に、抱きしめて、口付けて、触れたいと、思う。

 そんな欲が、浮竹の心を苛んでいた。

 …白哉は、許してはくれないだろうか…。
 俺のこの願いは、白哉を、傷つける結果になるだろうか…。
 実際、俺は、それ以上の行為を白哉に求めるかもしれない。
 理性が利かなくなるかもしれない。…自信がないんだ。
 それ程、俺は、白哉を愛している。
 ……だがそれは、自分の愚かな欲望を抑えられないことの言い訳には、ならないだろう…。

 浮竹はそう思いながら、隣に座る白哉を見つめた。
 少し憂いを含んだ瞳で浮竹を見つめ返す白哉は、あまりにも美しかった。
「………。」
 浮竹の胸が、締め付けられた。
 愛しさは、募るばかりで。
 もはやどうしようもなかった。
 傷つけたくない。汚したくない。そう思っても…、
 これ以上愛してはいけない。立場を考えなければいけない。そう思っても…、
 もう、どうしようもないほど、白哉が好きだった。

 辛そうに眉を顰める浮竹に、白哉は少し焦ったように言った。
「浮竹。すまぬ、心配するな。疲れている訳ではないのだ。考え事をしていただけで…。」
「………。」
 白哉を見つめたまま言葉を返さない浮竹に、白哉は動揺する心を抑え、ひとつため息を吐いてから、仕切りなおすように落ち着いた声で浮竹に言った。
作品名:B.PIRATES その2 作家名:おだぎり