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B.PIRATES その2

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 白哉は、今にも泣きそうな悲痛な顔をして、ぎゅっと目を閉じて、思った。

 …もう、浮竹の傍には居られぬ…。

 白哉は、片手で口を押さえた。泣き声のような、嗚咽のような、短いため息が、その口元から洩れた。

 …明日、…船を、降りよう……。
 明日の朝…、…浮竹に、そう、告げよう……。

 その夜、暗い船室で微かに聞こえるのは、白哉の悲しみと絶望の哀咽だけだった。


 ―――浮竹は、そんな白哉の決意を、まだ、知らなかった。
 だが、白哉もまた、知らなかった。
 浮竹が、どれほど白哉を愛しているのかを。
 その浮竹の愛情が、どれほど我儘に、狂おしく、白哉を欲しいと思っているのか…、

 ―――白哉は、知らなかったのだ。

 * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

 『私は今よりいっそうさびしい未来の私を我慢する代わりに、さびしい今の私を我慢したいのです。
  自由と独立とおのれとに充ちた現代に生まれたわれわれは、その犠牲としてみんなこのさびしさを味わわなくてはならないでしょう。』
          ―――夏目漱石『こころ』――――

 白哉の深い決意は、翌日になっても揺らぐことはなく、その日の朝のうちには、海軍の本船に引き上げるべく準備を整え、あとは、浮竹にそれを伝えるだけとなった。
 浮竹に別れを告げるのは、ひどく辛かった。否、浮竹と別れること自体が、白哉にとっては辛く、悲しいことだった。

 だが、今、ここで別れなければ。
 自分はダメになる。己を見失ってしまう。
 すべてを捨てて、浮竹の傍に居たいと、願ってしまう。
 その代償に、私は、自分自身の誇りや信念や、人生における多くの大切なものを、失ってしまうのだろう。
 今なら、後戻りができる。浮竹を、忘れることができる…。

 白哉は深い悲しみを抑えながら、決意が揺らがぬうちの、一刻も早い浮竹との別れを望み、まだ日が中天に差し掛からないうちに、浮竹の部屋を訪ねた。
「白哉。来てくれたのか。」
 いつもの笑顔で迎える浮竹に、白哉は開口一番に言った。
「別れを、告げに来た。」

 浮竹の表情が一変した。

 浮竹も、白哉を心から愛しいと想っている。
 白哉も、それを知っている。
 口論になるのは、必須であろうということは覚悟をしていた。
 だが、浮竹なら、解ってくれると白哉は思っていた。
 正しい道を行くために、市丸との戦いが勝利に終わるために、この別離は必要なのだと。
 浮竹は納得してくれるだろう。そして、心を残すことなく、潔い別れを最善策だと言ってくれるだろうと思っていた。

 ……浅はかだったかも、しれない…。
 浮竹の顔を見て、白哉はそう思った。
 浮竹が、本当に心から白哉を求めていることは、浮竹のその表情から、知り得ることができた。
 白哉の胸が、痛んだ。
 浮竹は、容易に納得してはくれないのかもしれない…そんな不安がよぎり、白哉は思った。
 …私の我慢が、どこまで利くだろうか……。
 

 白哉は、別れの理由を問い詰める浮竹に対し、常時冷静に、事務的に返答をしていた。
 そして、予想できたことであったが、やがてその話し合いは、言い争いの様相を呈してきて、冷静に説き伏せようとする白哉に対し、納得のいかない浮竹は、とうとう大声を張り上げた。
「何故だ!!この現状を、戦況を考えてみろ!市丸討伐まであと一歩ではないか!!何故今、お前が船を降りる必要があるんだ! 俺の納得いく答えを言ってくれ、白哉!!」
「言ったであろう。市丸討伐のために、私の下船が必要なのだ。私はもう、この船で指揮をとることはできぬ。」
「だから何故…!」
 白哉の肩を掴んだ浮竹の手を、力一杯振り払い、今まで見たこともない、切なそうな顔をした白哉が、爆発したように、言った。
「解らないのか…!! ならば教えてやる!!
…これ以上… これ以上、この船にいたら、……私はお前を、失いたくなくなるからだ…!!」
「……白哉…」
「お前の側では、もはやまともな指揮はとれぬ…私は…軍の本船に、戻る。…わかってくれ、浮竹。」
 そう言って白哉は、浮竹に背を向け部屋を出ようとしたが、そんな白哉を引き止めるように浮竹が叫んだ。
「白哉!! ……前に言ったことを覚えているか?!」
「……」
「…お前が好きだ。…俺はお前を必ず護り、ずっとお前の傍に、居る。だから、行くな。 ずっと此処にいろ。」
 白哉は足を止めた。
 浮竹の言葉が、嬉しかった。だが、同時にひどく悲しかった。浮竹に背を向けて聞いていた白哉は、振り返ることが出来ずに唇を噛み締めた。
「私が…ッ 前に言ったことを覚えているか…」
「白哉…」
「お前は海賊で、私は海軍だ。その関係は崩れることはない。お互い、その場所でしか、生きられぬのだ… 決してお互い…相容れる事は、 …ないのだ、浮竹…。」
「……。」

 …いつまでも、立場というものが、俺とお前の枷になるのか…!
 そう思い、ぎゅっと拳を握りしめた浮竹が、意を決したように、白哉の腕を掴み、勢いよく引き寄せたかと思うと、白哉の驚きの声が発せられない内に、激しくその唇を奪った。
「ん…!!」
 力の限り抵抗する白哉を、身動きの取れないようにきつく抱きしめ、浮竹は、今まで募らせた思いをすべて伝えるかのように、深く、口付けた。
「……は…っ…」
 やっと解放された時には、白哉は自分の足で立つ事もままならない様子であったが、浮竹は、そんな白哉に強い口調で言った。 
「…お前が海軍で、俺が海賊なら、それがどうしたというのだ、白哉!! ……そんなものは……!!」
 そう言いながら浮竹は、乱暴に白哉の軍服をはぎ取った。
 驚き、目を見開いた白哉が抵抗しようとしたその両腕を、有無を云わさぬ強い力で絡め取り、浮竹が続けて言い放つ。
「そんなものは、制服を脱ぎ捨ててしまえば、何の意味も成さん!!」
「浮竹…!!」
 浮竹は、白哉が身につけている、軍の象徴たる勲章、装飾が施された軍服を容赦なくはぎ取っていった。
「浮竹!!! 止めろ浮竹…!!」
 懇願する白哉を、浮竹は乱暴に引き倒した。
 傍にあったソファに倒れ込んだ白哉に覆い被さり、浮竹は、白哉の着ている絹のシャツを、無我夢中で引き裂いた。
「…あ…っ」
 白哉が悲鳴のような小さな声をあげた。力では浮竹に敵わないことを悟り、瞬間、恐怖に身を竦ませた。
 浮竹の乱暴によって、ボタンがすべて外れた白哉のシャツの下から、今まで陽に当たったことのないような、白い肌が現れた。
 その美しさに、浮竹は息を飲み、一瞬、その獣のような動きが止まった。
「……浮竹…っ」
 白哉の怯えたような声が聞こえた。
 浮竹が冷静になって見るとそこには、常時、凛として大きな風格を見せていた白哉が、小さく身を竦ませ震えながら、懇願する瞳を浮竹に向けていた。
「……白…哉…。」
  …なんということを…

 浮竹は我に返り、思った。
 自分の想いは本物であった。白哉を愛しいと、抱きたいと思った。
作品名:B.PIRATES その2 作家名:おだぎり