鵞鳥のヘンゼルと魔女のグレーテル
「僕って、そんなに貧相なのかな? かわいそう?」
体格的にも精神的にも貧相でかわいそうな子ども。だからせめて、体だけでも大きくなれという意味でお菓子をくれるのだろうか・・・・・・。
(そんな・・・・・・、貧相とか酷すぎる!)
思いつきでポツリと呟いた自分の発言に思いのほかダメージを受けた。バカである。しかしボディブローのごとくじわじわやってくる衝撃のせいで気持ちがどんどん沈み始める。
空いている方の手で制服の上から自分の腹に触れるが、帝人のそこには筋肉といえるものなど殆どついていない。それがより惨めな気持ちに拍車をかけた。
静雄と会って何か話せたり、構ってもらえるのはとても嬉しいことだった。そう、とても。
静雄と偶然(とはいっても、この時間帯なら会えるのではないかと狙う場合も多かった)会って、挨拶して、少し立ち話をする。それは静雄にとっては何気ないことだったかもしれない。話していた内容だって特別なことではなく、日常の生活で起きた些細な出来事を話すのが専らだった。けれど、帝人にとっては特別で大切な時間だったのだ。
以前西口公園で会ったときに貰ったあんぱんだって、それに至る経緯はともかく、自分のことを気にしてくれているのだと分かって心が温かくなった。平凡極まりない退屈な自分を、「非日常」の体現者である静雄が気にしてくれる。それは、帝人にとって奇跡が起きたのかと思うほどの驚きと喜びだった。
なのに、今では素直に喜べなくなっている。理由をきちんと問えばいいのは分かっているのだ。けれど、それによって静雄の不興をかって、関係が絶たれてしまうかもしれないという懸念が脳裏を過ぎった瞬間、恐くてできなくなってしまった。
静雄と2人の時間が与えてくれたささやかで穏やかで優しい時間を無くしたくはない。それだけは嫌だった。
だから結局、現状を打破することはできず、打破の為に本腰をいれることもせず・・・・・・。全くもって中途半端極まりない。
「はぁ・・・・・・。帰ろ」
何だか情けなくて泣きたい気持ちを誤魔化すようにして帝人は歩き始めた。
歩調にあわせてガサリと鳴るビニール袋の音が何ともうらめしいが、そんなのも今だけだ。周囲の音に紛れてしまえば直に気にも止めなくなるだろう。
(デカくなれ、か・・・・・・)
帝人が大きくなりさえすれば、このお菓子スパイラルから脱せるのかもしれないが、今のところ見た目に著しい変化はなかった。連日のお菓子三昧のおかげで体重は2〜3kgほど増えたが、見た目に影響ないのだから何の意味もない。
というかやっぱり、成長のためにお菓子はいただけないだろう。
静雄の渡してくるお菓子は、数も量もあって晩ご飯が入らなくなる。あきらかに栄養不足だ。――もっとも、常日頃、栄養を心がけた食事を取っているわけではないし、食費が浮いてまぁ良いか、と思っている部分もなきにしもあらずなのだが、今はそんなこと問題ではない。
帝人は大きくなりたいのであって、太りたいのではない。文字で見れば「、」があるかないかの違いだが、現実においてはえらい違いだ。
有無を言わさず与えられたものを食べ続けなければならない現状。フォアグラにされるため餌を与え続けられる鵞鳥か何かじゃあるまいに。
「うわぁ・・・・・・」
帝人は強制的に食べ物を口に突っ込まれる自らの姿を想像し、思わず呻き声をあげた。
本人(この場合は「鳥」?)の意志とは無関係になかば無理矢理餌を詰め込まれる鵞鳥。なすすべもなくブクブク太っていく鵞鳥。それに対して痛切なまでに感情移入できてしまった帝人は思わず眉を寄せた。まさか、鵞鳥(フォアグラ用)に親近感を抱きかける日が来るなんて・・・・・・。というか、このままでは本当にブクブクに――。
元々、もやしっ子を地で行く帝人である。たとえ10kg太ったところで、めでたく標準体重に達するだけなのだが、兎にも角にも帝人はブクブクの恐怖に怯えた。
「すごく、嫌だ・・・・・・!」
バカバカしくも忌まわしい想像を払うように首を振って、げんなりしながら溜息をつく。今日はなんだか溜息をついてばかりだ。
「いっきにニョキーッと背が伸びたりしないかなぁ」
竹の子並みの成長速度を我が身に!! そろそろ見え始めてきた一番星に願う帝人の想いはかなり真剣だ。
「いや、不可能でしょう。もし伸びたとしても成長痛が酷くて死ぬほど辛いと思うなぁ」
「でも、このまま貰い続けるよりは――――」
(・・・・・・あれ?)
いつの間にか、誰かと会話が成立しかけている。背後から聞こえる、鼓膜を心地よく震わせる低くなめらかな聞き覚えのある声。
「うぇ!?」
驚いて振り向けば、やわらかそうなファーのついた漆黒のコートが目に入り、そこには――――。
作品名:鵞鳥のヘンゼルと魔女のグレーテル 作家名:梅子