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不思議の国の亡霊

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「まあ、オレはあんまり気にしないからさ、変に隠したりしないでくれよ、ね」
「ありがとう、アルフレッドくん」
「そういうお礼もいいからさ!」
 話がちょうど一段落したところで、庭からアルフレッドの父とアーサーが帰ってきた。ふたりの雰囲気は和やかだ。会ったのは今日が初めてだろうに、かなり打ち解けているように見える。自分で言うのもなんだが、父もアルフレッドとおなじくらいに社交的だ。逆にいえば、父と仲良くできるのならアルフレッドとも仲良くできるということだ。
「やあ、アーサー! 庭はどうだった?」
「あ、えっと、その、き、きれいだった」
 パッとアーサーの頬に赤が広がる。男に話しかけてこんな反応を返されたことがないのですこし戸惑ったが、すかさず彼の母親が「アーサーったらすごくシャイなのよ」と笑う。

 話はとんとん拍子に進み、今月の終わりごろにでもふたりがアルフレッドたちが住んでいるジョーンズ邸に引っ越してくることになった。祖父母の代から住んでいる屋敷なので部屋数も四人で住んでまだ余りがある。ふたり暮らしには広すぎてさみしいほどだったので、ちょうど良いだろう。
 アルフレッドは変化が好きだ。それが良いものなら、なおさら。家族が増えるというのは、アルフレッドにとってとても素晴らしいことだ。このだだっ広いだけでさびしい家も、すこしは明るくなるだろう。

 待ちに待った引っ越しの日は、これからの毎日を祝福するような快晴だった。
 アルフレッドの部屋の隣がアーサーの部屋になり、両親の寝室はひとつ。その代わり、アーサーの母専用の書斎を作った。キッチンやリビング、シャワールームなどの家族が共通で使用する場所は、ひとつひとつアルフレッドが案内した。ふたりが引っ越してくる前に父親と必死になって掃除したので、どこもかしこもピカピカだ。これにはアーサー母子も感心して喜んでくれた。
 両親は共働きなので家事はできる人間がする、ということで一致した。食事はできるだけ一緒に取る。けれどアーサーもアルフレッドもバイトをしているので、全員で食事できる機会はすくないだろう。
「今日はパーティーしようよ! 引っ越し祝いだぞ!」
「そうね、そうしましょうか!」
「あ、じゃ、じゃあ俺もなにか……」
「アーサーはお茶を淹れてね! 食事は母さんが作るわ」
 アーサーの声にかぶせるようにしてアーサーの母が叫んだ。この女性が息子の言葉を無遠慮にかき消すのは珍しいことで、アルフレッドは驚いてしまう。心なしか不服そうに唇を尖らせたが、アーサーは口答えすることなくうなずいた。
 引っ越しの道具の中からティーセットを取ってくるとキッチンから出ていく。その後ろ姿と足音が完全に消えてから、アーサーの母がちいさな声でぽつりとアルフレッドに囁いた。
「アーサー、だれに似たのか知らないけど、すっごく調理音痴なのよ」
「へえ、そうなのかい?」
「そうなのよ。しかも、ちょっと見ないレベルなのよね……」
 アーサーの母の表情が大げさなほどに曇る。その横顔から、アルフレッドもなんとなくアーサーの料理の腕の不穏さが伝わってきた。これから一緒に暮らすのなら、彼に手料理を作らせないように阻止したほうが良いのかもしれない。
 夕食はアーサーの母の豪華な手料理だった。キャリアウーマンと聞いていたので家事には正直期待していなかったのだが、かなりうまい。話を聞くと、時間に余裕があった時期に料理のスクールに通っていたことがあるらしい。なのでアーサーとふたりで暮らしていたときは、食事は母が、ほかの家事はほぼアーサーがやっていたということだ。
「男ふたりだと大変だったでしょう」
 アーサーの母がアルフレッドと父を交互に見て笑う。まったくその通りだとアルフレッドは肩をすくめて笑って見せた。すると、アーサーの母が嬉しそうにアーサーの背中をパンパンとたたく。
「うちの息子は掃除、洗濯、お裁縫、なんでもできるから安心してね」
「うちの息子なんて元気が取り柄なだけだよ」
「スポーツはだれにも負けないぞ!」
「そうだねえ、アルフレッド。元気に育ってくれて父さんは嬉しいよ」
「やめてくれよ、じじくさいぞ!」
 おいしい食事を囲んでの初めての家族団らんは和やかだった。アーサーはあまり口を挟まずむっつりとしていたが、楽しそうにしているのは雰囲気で伝わってきた。もともと、あまり表情が変わらないたちなのだろう。
 けれどこれからは兄弟になるのだ。両親とおなじように自分たちも協力し合い、打ち解け合うべきだろう。
「アーサーは紅茶が好きなのかい?」
「え、あ、ああ……そうだな。おまえはコーヒーが好きなんだろう?」
「ええ? どうして知ってるんだい?」
「どうしてって……アメリカがコーヒー好きなのはあたりまえだろう」
 朗らかな顔をしてアーサーがきっぱりと言い切る。その瞬間に、彼の母の表情がすこし曇った。またこの病気が出たことを気にしているのだろう。けれどこれも、アルフレッドが話を合わせてあげれば万事解決だ。
「アーサーはよく覚えているね!」
 アルフレッドのセリフに、アーサーの母はすこし驚いた表情でこちらを見る。それにパチリとウインクして見せた。彼女もアルフレッドの意図が分かったようで、なんとも母親らしい柔らかい笑みを浮かべる。
「それにおまえ、俺のことアーサーアーサーって……ちゃんとイギリスって呼べよ」
「なに言ってるんだい? いまはアーサー、アルフレッドって呼び合う決まりじゃないか」
「えっ」
 初めてアーサーが大声をあげた。よほど驚いたのか、表情も驚愕の色が濃い。
「そう、だったか?」
「そうだよ、きみこそ忘れっぽい人だよね、アーサー」
「……ああ」
 表情をスッと整えたアーサーが一度うなずき、アルフレッドに視線を向ける。そしてほわりと、暖かいココアを飲んだときのように微笑んだ。
「忘れっぽいって、よくおまえに言われるもんな」
「そ、うだぞ。ほんとにきみって困った人だよね」
「それもよく言われるな」
 ふふ、とアーサーは楽しそうに笑う。一言発するたびに、よく言われたな、なんてほぼ初対面の人間に言われるのはすこし気味が悪いがまあ彼に悪気はないのだろう。
「だからオレのことはちゃんとアルフレッドって呼んでくれよ?」
「わかった」
「まあ、アルとかでも良いからさ」
「……アル、わかった」
「う、うん」
 アーサーがひどく嬉しそうに笑う。普段の表情がすこし固いからか、なんだか少女めいた表情に見えて、アルフレッドは不覚にもドキリとしてしまった。そしてすぐにぷるぷると首を振り、兄になった男に対する感想が可愛いだなんておかしすぎると自分の感情を律した。

 父と自分だけだった生活に、兄と母ができた。
 これからきっとなにかが起こるだろう。そんな予感に、アルフレッドは胸を弾ませるのだった。


作品名:不思議の国の亡霊 作家名:ことは