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　手首の時計に目をやると長針が十一を指していた。首をぐるぐると覆ったマフラーを少し引き上げつつ息を吐くと急激に冷やされ目視できる。


　豪炎寺から携帯に電話があったのは昨日の夜のことだ。
　基本的に無口な豪炎寺が電話をしてくることは稀で、練習なんかの連絡事項以外のことでの電話というのは初めてではないだろうか。

　明日の夜時間あるかと単刀直入に切り出された内容は、意図は不明だがわかりやくはあった。生まれた疑問は明日氷解するだろうと特に何も言わずに二つ返事で了承すると、待合せ時間と場所を指定され、特に問題もなかったので頷いてまた明日と電話を切った。通話時間十二秒。

　中学の時に転校してから、何だかんだとあったが豪炎寺と円堂とはいつも一緒だった。
　そんな俺達の道が初めて分かたれたのは大学進学が理由だったので、世間一般的な別離だった。
　豪炎寺とは大学が違うのであまり会えないが、今でも円堂も一緒に休みになればボールを蹴ることも多いので久しぶりという感覚はない。進路が違う普通の友人同士よりはよく会っている方だろう。だけど一年間三百六十五日ほぼ毎日顔を会わせていたので、おかしな感じがするのは否定できない。

「一体どうしたって言うんだろうな」

　思わずポツリと口から出た言葉は冷えた吐息と共に白く滲んで空気へと溶けていく。
　いつもと同じく淡々と話していたが、電話口の豪炎寺はどこか追い詰められているように感じられた。

　勘というよりもほぼ確信として、今日円堂は来ないんだろうなと思う。
　俺と豪炎寺の二人で話す時がいつもという訳ではないが、そこに真剣さがあると深刻な事態になっていることが多かった。

「鬼道」

　思考の波を漂いながら流れる人々を背景のように見ているとふいに後ろから名前を呼ばれて振り返ると、そこには想像通りの顔があった。

　厚手のダッフルートにマフラーをして完全防備の俺に対し、豪炎寺はさほど暖かそうじゃないジャケットを羽織っただけという出で立ちで、俺達の季節はちぐはぐだった。
　俺はチラリと豪炎寺の全身に目を走らせて口を開きそうになるが、寸でのところでそれを飲み込んだ。
　この時期はいつもこうで、見てるだけで寒そうだから暖かい格好をしろと言うのだが、寒くないので平気だという答えしか返ってこない。
　見ているこっちが寒くなるので止めて欲しいと訴えているのに、その返事はないだろうと思う。時々こいつには俺の言葉が通じてるのかと疑問に思う時があるんだが、そういう時がまさにそれだった。

「豪炎寺」

　言いそうになった言葉を飲み込んで、名前を呼ぶ。すると小さく頷いて歩き始めるので俺は隣に並んだ。
　再び腕時計を見ると長針がちょうど天辺を指していて、時間ちょうどであることを告げていた。相変わらず時間通りだ。